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QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > イギリスの歴史(58):キャメロンの時代 (英文法理論、コンピュータによる英語教育/鈴木右文)

イギリスの歴史(58):キャメロンの時代

鈴木右文 英文法理論、コンピュータによる英語教育

20/01/07

今日はキャメロンの時代の話です。ゴードン・ブラウンは2007年~2010年、労働党内閣でしたが、この彼の在任期間中にキャメロン氏の人気が上がってきました。そういうこともあり、次の選挙で労働党の人気が落ちて単独過半数が取れず、保守党に政権をあけ渡すということになりました。ただ、そうなったからといって保守党が単独過半数になったわけではなく、第3党がキャスティングボードを握るような形で連立内閣の政権が出来ました。

彼は本来ならばもっと長く首相が出来るはずの人だったと思いますが、在職期間は2010年から2016年までです。2016年というとブレクジットの国民投票をきっかけにして辞めさせられたということは分かると思いますが、ブレクジットがなければ政権はもっと続いていました。その背景として2つあります。1つめは、彼は保守党ではありましたがどちらかと言うと中道寄りの人で、政治生命的にも極端な方には走っていないので、長く保つはずだったということです。2つめは年齢が首相になった時にまだ43歳だったことです。ただ国民投票をした時に、彼がイートン校出身、オックスフォード大学卒業というエリートだったので、そこがちょっと反感を買ったところもあるという分析もあります。

彼は緊縮財政路線をとって、国の再建をきちんとできる器だったと思いますが、とにかくブレクジットが響きました。ブレクジットは保守党の中でも離脱するという人と残れという人で意見が割れており、そこが彼のネックになったということです。結局保守党を割らないために、彼は「国民投票をやります」と部内的にも言わざるを得ませんでした。それで仕方なく雪崩れ込んだ国民投票ですけれど、ちょっと振り返ってもらうと、この時代に国民の側にも沸々とした思いがありました。例えばヨーロッパ全土に移民が押し寄せており、イギリスもフランス経由で大陸からイギリスへ渡ってくる不法移民が非常に多かったので、それを何とかして欲しいという国民の思いがあったのは確かです。

いずれにしてもそんなこんなで国民投票をすることになりました。題目としてはEUに残留するかしないかという話だったわけですが、大英帝国の栄華を極めてきたお年寄りの人達を中心にしてイギリスは独立してやっていくべきものだという認識を持っている人達がかなりいました。そして若い世代を中心にしてヨーロッパとの協調が大切だという人がいて、国民世論的には真っ二つに割れているという状態でした。キャメロン氏はもともと残留派で、彼は力を入れて残留のキャンペーンを張らないと、もしかしたら危ないと思っていたと思います。しかし政府としては、各戸にパンフレットを配布して、離脱したら色々と困ることがあるという宣伝だけはしました。ですがマスコミを使うようなものすごいことをしたわけではありません。それはやり過ぎると保守党の中から文句を言われるからです。従って全力を挙げて阻止という様なキャンペーンの張り方は出来ませんでした。それで結果が48対52ぐらいだったでしょう。だから彼がもし本気になって手綱を締めていたら、残留の結果が出ていたのではないか、という気はします。非常に微妙な判断だったと思います。

彼は在任期間中に色々とやったと思いますが、結局ブレクジットの問題に当たってしまったためにほとんどこの話しかされないという運命にあるわけです。この国民投票は非常に不思議で、日本でのいわゆる憲法の問題についての最後の投票などというのとは違って、色々なキャンペーンは許されているし、実は投票結果は法的拘束力を持たないということ、あるいは議会が決めたものが議案として上がってくるのではなく、政府が決めたものを問うというようなことがあり、日本で想像するものとかなり違います。

従って、キャメロン氏が結論はこのように出たけれど、政府としてはやっぱり残留ということも法的には出来たと思います。けれどもそれをやると、彼は保守党からの突き上げも喰らうでしょうし、政治的生命を失うから、それは出来なかったという背景があると思います。また、あまりキャンペーンを張らなかったもう一つの理由としては、実は反対の結果が出てきても首相のままでいられるのではないか、と思ったのではないかということです。ところが実際にはそれは誤算だったということもあり、非常に混乱が大きくなったという側面がありました。その背景も色々な人が説明していますけれど、どれが本当だったかはわかりません。

今日のまとめ:
キャメロンの時代と言えばブレクジットの問題と1対1で繋がっている不幸な人だと思いますが、その時代をまとめてみました。

分野: 異文化コミュニケーション |スピーカー: 鈴木右文

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