QT PRO モーニングビジネススクール

QT PRO
モーニングビジネススクールWeb版

FM FUKUOKAで放送中「QT PRO モーニングビジネススクール」オンエア内容をWeb版でご覧いただけます。
ポッドキャスティングやブログで毎日のオンエア内容をチェック!

PODCASTING RSSで登録 PODCASTING iTunesで登録 電子書籍で記事を読もう! EPUB

ブログ&ポッドキャスト詳細

QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > ブックレビュー(14) ハンナ・アーレント(大久保和郎訳)『イェルサレムのアイヒマン―悪の陳腐さについての報告』みすず書房 (技術経営、科学技術政策/永田晃也)

ブックレビュー(14) ハンナ・アーレント(大久保和郎訳)『イェルサレムのアイヒマン―悪の陳腐さについての報告』みすず書房

永田晃也 技術経営、科学技術政策

19/11/19

 今回は、ハンナ・アーレントの『イェルサレムのアイヒマン』という本をご紹介します。翻訳書の版元はみすず書房で、私が読んだのは初版1969年の旧版ですが、現在は同じ訳者による新版が刊行されています。

 著者のハンナ・アーレントは、1906年に生まれたドイツ系ユダヤ人の政治思想家です。アーレントは、マールブルク大学でマルティン・ハイデガーに哲学を学んだ後、フライブルク大学に移り、そこでハイデガーの師であり、現象学を打ち立てた哲学者であるエドムント・フッサールに学び、更にハイデルベルク大学に移って、実存主義の哲学に大きな影響を与えたカール・ヤスパースの下で学位論文を書いています。

 やがてナチスが政権を獲得し、ユダヤ人に対する迫害が始まったことにより、1933年にパリに亡命しました。パリでは生涯の伴侶となるハインリッヒ・ブリュッヒャーという活動家と結婚しますが、フランスにも反ユダヤ主義が台頭していたため、1940年の5月にピレネー山麓の抑留キャンプに収容されてしまいます。ところが、その数週間後にフランスがドイツに降伏し、その混乱の中で奇跡的にキャンプから脱出し、アメリカに亡命することになったのです。アメリカでは、いくつかの大学で教鞭をとりながら、文筆家として『全体主義の起源』、『人間の条件』などの著書を発表し、政治哲学者として知られるようになります。このように波乱の人生を歩んだアーレントですが、1975年の12月に心臓発作で69歳の生涯を閉じています。

 さて、今日取り上げる『イェルサレムのアイヒマン』という本は、ナチス親衛隊の将校であったアードルフ・アイヒマンという男が、敗戦後、アルゼンチンに逃亡していたところ、1960年にイスラエルの秘密警察に逮捕され、イェルサレムで裁判にかけられることになったのですが、その公開裁判の一部始終をアーレントが傍聴し、判決に至るまでの一連のプロセスに潜む本質的な問題に考察を加えたものです。

 アイヒマンは、大戦中、欧州全土からユダヤ人を絶滅収容所に移送する局の長を務めており、ホロコースト(大量虐殺)の中心的な責任者と言っていい人物でした。裁判での起訴理由は、ユダヤ民族に対する罪、人道に対する罪、ならびに戦争犯罪を犯したというものでした。しかし、アイヒマンは起訴理由のいずれについても、「起訴状の述べている意味においては無罪」であると主張したのです。彼の弁明は、自分は一人のユダヤ人も殺していないのであり、絶滅収容所への移送という業務は、命令に従っただけだと言うものでした。そして、自分が追求されても仕方がないのは、ただユダヤ人の絶滅に「協力し幇助したこと」だけだと繰り返し主張したのです。しかし、結局アイヒマンは有罪となり、1962年5月に絞首刑に処せられました。

 アーレントは、この裁判がアイヒマンの行為そのものを裁くという目的を越えて、ユダヤ人に対する迫害全般に注意を向けようとする意図を持っていたという点を批判し、また各地のユダヤ人指導者がナチスに協力したことに言及し、さらにアイヒマンという人物について「倒錯しているわけでもなければ、サディストでもなく、恐ろしいほどノーマル」だと書いていることなどから、様々な攻撃を受けることになり、ほとんどのユダヤ人の友人を失ってしまいました。しかし、アーレントはこの著作の中で決してアイヒマンを擁護しているわけではありません。「政治においては服従と指示は同じものなのだ」と彼女は書いています。そして、「ユダヤ民族および他のいくつかの国の国民たちとともに生きることを拒む政治を指示したこと」こそ、アイヒマンが絞首されなければならない唯一の理由だと述べています。

 アーレントによれば、アイヒマンは自分のしていることの意味が全く分かっていなかったのであり、その完全な無思想性が、最大の犯罪者になる素因だったと言うのです。ある体制そのものが犯罪的であると、その法に従って生きるということが最悪の犯罪に手を貸すことになり得るわけです。しかし、倫理的に生きるということは、単に法に従うということを越えて、何が正しいのかを判断することを要求します。アイヒマンはナチス体制下でのユダヤ人問題のスペシャリストでした。この本は、スペシャリストというものは、その職能を法に従って遂行するだけでは倫理的に生きられないということを教えています。

今回のまとめ:
この本は、スペシャリストが自らの職務の社会的な影響に対する反省を怠ると、それが最悪の犯罪に帰結する可能性を訴えています。それは、ビジネスのスペシャリストについても言えることです。

分野: イノベーションマネジメント ナレッジマネジメント |スピーカー: 永田晃也

トップページに戻る

  • RADIKO.JP
  • ビビックスマホ