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QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > ブックレビュー(13) 『新訂 日暮硯』(笠谷和比古校注)岩波文庫 (技術経営、科学技術政策/永田晃也)

ブックレビュー(13) 『新訂 日暮硯』(笠谷和比古校注)岩波文庫

永田晃也 技術経営、科学技術政策

19/11/18

今回は『日暮硯』という本をご紹介いたします。この本は、江戸時代の中期に信州松代藩10万石真田家の家老であった恩田木工民親(もくたみちか)という人が、藩の財政改革を行った事跡を説話として著わしたものです。木工というのは官職の通称、民親は諱(いみな)といって、生前には使うことが避けられた実名です。この本の作者が誰であるのかは分かっていないのですが、その内容は日本的な経営改革の思想を伝えるものとして経営学者にも注目されました。

 岩波文庫版には、校注者による詳しい解説が付いていて、木工が行った藩政改革の背景を知る上で参考になります。それによると、木工は松代藩の家老恩田木工民清の子として1717年(享保2年)に生まれ、家督を継いでのち1746年(延享3年)、30歳のときに家老職になり、1757年(宝暦7年)に藩主・真田幸弘に抜擢されて藩政改革を担うことになったそうです。

 この当時、松代藩は、1742年(寛保2年)に関東から信州一帯にかけて発生した未曾有の水害によって財政的に大きな打撃を受けていました。こうした中、幸弘は1752年(宝暦2年)に13歳の若さで藩主の座に就いていたのでした。幸弘は九代将軍家重により伊豆守に任ぜられ、藩主としての47年の在位を通じて松代中興の名君と称されることになりますが、その名君ぶりは木工の抜擢にも反映されていたわけです。この点は、『日暮硯』冒頭の「一代の君有らば、又一代の臣下有り」という一文が端的に示しています。名君があれば、自ずから良い臣下もあるというわけです。

 さて、この藩主によって木工は困難な藩政改革を命ぜられるのですが、はじめは自分には勤まらない役儀であるという理由で辞退を訴え出ます。しかし、やがて辞退することが忠義に反すると理解すると、この命を受けるに際し、諸役人に対して自分の言うことには何事に依らず背いてはならないという書付を渡してくれるよう藩主に願い出ます。

 その上で、まず木工は家内一門の引き締めにかかります。彼は親類を残らず集め、この度の大役を引き受けるに当たって自分を義絶してくれるように言い渡し、妻や家来には暇をやり、子供には勘当すると告げます。その理由を問われると、今後自分は一切嘘を言わず、飯と汁のほかは食さず、木綿以外のものを着ないことにする。家の者に同じことをさせるわけにはいかないだろうが、それでは役目が勤まらないからだと言います。すると、妻や家来は自分たちも木工と同じようにすると誓ったので、家に差し置かれることになりました。ただ、木工は家来たちには妻子の生活があるので、給金は従来通りに渡すことを約束しました。

 次に木工は諸役員と領民を集め、自分の改革方針を伝えた上で意見を聞いています。この対話の過程で、賄賂を禁じ、役人が領民に強いてきた年貢の前払いや労役、御用金の取り立てを廃止し、他方で年貢の未納に対しては厳しく咎めながら、そうせざるを得なかった理由には理解を示して、今までの未納分については上納に及ばないが今後の未納は一切許さないと告げています。また、その上で、年貢を納めやすくするため月割りで上納する制度を導入しています。

 さらに木工は領民に対し、これまで不都合だったことを遠慮なく密書に認めて提出するように申し渡します。すると領民からは、意趣晴らしはこの時とばかり役人の様々な悪事が告発されます。この役人どもをどうするかと藩主が問うと、木工は、この連中は死罪に値するほどの不届きものですが、良く使えば役に立つ器量を持っている者たちなので、今後は木工の指示に従い協力するように命じてくださいと願い出ます。藩主がそのように取り計らうと、悪徳役人たちは改心し、正直に奉公に努めるようになったと伝えられています。

 さて、こうした木工の改革は、果たして実際の成果に結びついたのでしょうか。校注者によると、『日暮硯』の叙述は必ずしも現実の通りではなく、財政再建が見事になされたわけでもないようです。実際、特に史実に関する知識を持たずに読んでも、『日暮硯』には随所に作り話めいた叙述があることに気づきます。しかし、ひとりの改革者が自分の力量には余る困難な課題に直面したとき、まず全ての関係者との対話に向かい、その対話の中で、それまでの経緯を一旦清算して、新たな信頼関係を築こうとしていく姿には確かにリアリティがあるのです。『日暮硯』の古典としての価値は、この一点にあると思います。


今日のまとめ:
恩田木工による松代藩の財政改革を描いた本書は、極めて困難な経営課題に直面した時には、まず関係者間の信頼関係の再構築が不可欠であることを教えています。

分野: イノベーションマネジメント ナレッジマネジメント |スピーカー: 永田晃也

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