QT PRO モーニングビジネススクール

QT PRO
モーニングビジネススクールWeb版

FM FUKUOKAで放送中「QT PRO モーニングビジネススクール」オンエア内容をWeb版でご覧いただけます。
ポッドキャスティングやブログで毎日のオンエア内容をチェック!

PODCASTING RSSで登録 PODCASTING iTunesで登録 電子書籍で記事を読もう! EPUB

ブログ&ポッドキャスト詳細

QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > イギリスの歴史(55):メージャーの時代 (英文法理論、コンピュータによる英語教育/鈴木右文)

イギリスの歴史(55):メージャーの時代

鈴木右文 英文法理論、コンピュータによる英語教育

19/08/12

イギリスの歴史シリーズもだんだん現代に近づいてきて、ほとんど現代となりました。前回、サッチャー首相の話をしましたので、今日はその次のメージャー首相の時代です。記憶にある方も多いかと思います。メージャーさんはサッチャーさんが「鉄の女」と言われて非常に目立った存在だったのに比べると、一般の方にはちょっと存在感が薄い感じかな、という気がしますが同じ保守党の方です。

サッチャーさんを簡単にふり返ってみると、「鉄の女」と言われたということでしたが、1979年から90年まで足かけ12年間の長い在職期間でした。結局、第二次世界大戦の後で世界の№1の座をアメリカに譲ってしまい、イギリスは自分の国民の生活の方に舵を切って労働党の政権がある程度続いて、福祉政策に力を入れて企業の国有化等をしていた時代がありましたが、それをサッチャー首相が小さな政府でもっと効率良くと、福祉もある部分はバッサリと切る思い切った政策をとり、新自由主義という名前の下で色々とイギリス経済の立て直しを図ったわけです。それである程度成功しましたので、非常に長続きをした政権だったわけですが、最後は人頭税という、人がいれば人数の分だけ税金を出せ、という時代錯誤のような税金の取り方を考え出して、非常に評判が悪かったという話をしました。それでサッチャー首相は辞めてしまったわけです。その後を継いだのがメージャー首相という方です。

メージャー首相は根っからの保守党員で、若い時から政治活動はしていましたが、いわゆるエリート街道まっしぐらというより、たたき上げてきたというタイプの方です。見た感じもサッチャー首相に比べると、少し柔和な感じのする方です。眼鏡をかけて理知的な感じの人ですけれど、この方は当選した時にぶっちぎりで保守党の党首になったということでもありません。先程のサッチャー首相が人頭税で人気を失ってしまい、そのおかげであれよあれよという間に当選しました、というところがあります。その後、彼は1990年から97年まで在職していますので、在職期間もそんなに短くはありません。それはサッチャー首相と違ってメジャー首相は皆さんに礼儀正しく振る舞って、八方美人的なところがあったのが功を奏したのだろうという気はしますが、彼が在職期間にどういったことをしたかということを見ると、実はあまり目立ったものがなく、一つだけ注目するとすれば、いわゆるEUの発足に関わったということです。

メージャー首相はヨーロッパにつくのか、アメリカにつくのかどっちなんだと言われたのを、どちらだというのをあまり明言しませんでした。アメリカとの関係を一方では保ち、ヨーロッパはEUという形でそちらにも軸足を置いたという形です。サッチャーの時代というのはどちらかというとアメリカとの協調路線の方に舵を切っていました。「イギリスはイギリスで独自の大きな国ですよ」ということです。ところがメージャー首相はEUの方にも軸足を置きました。彼は現在でもブレグジットに対しては残留派です。もちろんEUを作った時の張本人でもありますから当然そうなるわけですが。EUは1993年のマーストリヒト条約に基づいて発足していますけれど、まさに彼の在職期間のちょうど中間点くらいのところにあるのです。この時も大揺れして、保守党が賛成派と反対派に分かれて、マーストリヒト条約の批准に対して保守党の中から造反者が沢山出て大揺れでした。そもそもEUに加わる時からそういう状況でした。従って今、保守党がブレグジットに賛成だ反対だと揉めるのは元々そういう素地があるのです。そのタイミングがやってきたから吹き出してきたというところがあるのです。

さて、メージャー首相は結局EUに軸足を置きましたが、先程言ったようにアメリカにも軸足を置かないことはなかったのですが、サッチャー首相ほどではなく、当時はアメリカとの軍事的な関係等もつかず離れずというところで、アメリカのクリントン大統領が戦争していた時も明確に一緒にやる、あるいは見放す、どちらもとらなかった中間政策でした。これが最後は結局、自分の勢いが衰え出すと左右両派のどちらからも愛想を尽かされるという形になって板挟みになりました。どっちつかずで追い込まれていく形でメージャー首相は勢いを失っていきました。そこで漁夫の利というか、大胆な党内改革でのし上がってこようとしたのが、その次に来る労働党政権です。

最後に1つだけ、「PFI」"Private Finance Initiative"の略ですが、「民間資金活用」というもので九州大学でもよく使っているものです。公共財を民間の資金で作るというもので、メージャー首相はこの政策の元祖でした。覚えておくと良いかと思います。

今日のまとめ:
サッチャー首相の時代は非常に画期的な時代でしたが、その後を受けた同じ保守党のメージャー首相の時代がどんな時代だったのか。次の労働党への橋渡し、切れ目になった時代であったという話をしました。

分野: 異文化コミュニケーション |スピーカー: 鈴木右文

トップページに戻る

  • RADIKO.JP
  • ビビックスマホ