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QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > イギリスの歴史(50):サッチャーの時代 (英文法理論、コンピュータによる英語教育/鈴木右文)

イギリスの歴史(50):サッチャーの時代

鈴木右文 英文法理論、コンピュータによる英語教育

18/12/03

イギリスの歴史シリーズです。前回は戦後の首相について話し、マーガレット・サッチャーについて紹介したところでした。今日はその話をします。

簡単にサッチャーから現代までの人の名前を挙げてみますが、たぶんご存じの方多いと思います。まず、メージャー、サッチャーの後の保守党です。その後が有名なトニー・ブレアで、労働党です。その次が同じ労働党のゴードン・ブラウンです。その後、保守党でデーヴィッド・キャメロンです。これがブレグジットの時に敗れました。EUの離脱になり、失敗しました。その後がそれを受けて現在、離脱の交渉中です。難しい交渉をしているテリーザ・メイも保守党です。テリーザ・メイを見ていて、サッチャーを思い出す人もいると思います。あのきっぱりとした物言いかもしれません。僕はテリーザ・メイの場合は、地が出ているというよりは、あのように振る舞わないともたないからそうしているという感じがします。会ったことがないので、真偽は分かりません。
サッチャーの場合は、どうだったかと思います。地だったのか、それともここで私が一肌脱がないといけないから大役をはったのかどうかです。そのあたりが非常に興味のあるところですが、いずれにしてもイギリスが経済的に傾きかけていった英国病の症状を見せていた時代の中で、新自由主義という考え方で小さな政府を標榜して、政府の赤字解消というのを図って経済を立て直した人と言われています。
サッチャーは、1979年から90年の大体12年くらいに渡っての総理の在職期間でした。長い在職期間でした。それまでの戦後の首相を見てみると、大体、精々5~6年だったので、相当長い期間務めたということになると思います。トニー・ブレアよりも少し長いです。彼も長いと思いますが、サッチャーはとても長かったです。この方は元々保守党の方ですが、一番有名なのが「鉄の女」というイメージです。
何でもばっさりやって、このようにやると言ったらもうそれで言うことを聞かなかったというようなイメージが多いと思いますが、「鉄の女」という名前は誰が付けたかご存じでしょうか。実は、首相になる前に、ソ連が付けた名前だと言われています。「鉄の女」の鉄というのは非常に頑固だから、強硬だからということで、何に対して強硬だからということだったかというと、反共、共産主義を抑えるという意味です。ソビエトに対して非常に強硬な態度に出てきていたので、それを称して鉄の女と言われました。鉄のカーテンを思い出します。

その「鉄の女」の方が3年後には首相になりましたが、行った政策としては小さな政府なので、あまり市井で行われている経済活動に大きな介入をしないという方針が一つあります。色々なことを成し遂げようとする時に、政府は様々なところで経済介入をしたがります。金融政策の引き締めなど様々なことがやろうと思えばできます。しかし、サッチャーは、それをなるべくしないようにして、それどころか規制緩和をしました。安倍首相がやってきたこともサッチャー首相がやってきたことと非常に似ている部分があって、彼がやってきたことも新自由主義と言われますが、サッチャーがやってきたことも新自由主義と言われているようです。それまで行われてきた高福祉政策は転換を迎えて、何でもぶった切るということではありませんが、切れるところを切っていくということをしていきました。そして、戦後の労働党が行った企業の国有化と反対のことをします。つまり、公営企業を民営化するということをします。彼女の12年間、何がどれだけというところまで調べ上げてはいませんが、僕らがよく思い出すのは鉄道が一番大きいです。日本も国鉄がJRになったということがありますが、イギリスも国営企業だったものが民営化されたことが一番象徴的で、他の様々な基幹産業も次々と民営化されました。
それから、それまでの経済的な冬の時代の中で、一つ政府が悩みを持っていたのが労働組合運動です。僕は労働運動自体は正しい運動だと思いますが、政府としてはそこがあまり大きな声を出すようになると様々な政策がうまくいかないということがサッチャーの考えで、そこの抑え込みを色々と画策をしてある程度成功したということもあります。
そして、これも日本と似ていますが、所得税や法人税を思い切って減税して、経済活動を活発にするということをしました。しかし、そのようにすると、お金が足りません。そこで、日本では消費税ですが、向こうでは付加価値税です。よくバットと言ってますが、「VAT」です。Value-Added Tax付加価値税ということをよく言います。この当時、サッチャー首相が導入した当時は8%でしたが、彼女の在職期間の間にもう少し上がっていって、今確か20%近くになっているのではないかと思います。日本も何かこれに倣おうとしているような気がしますが、税金は少ない方がいい、上がらない方がいいですが、とにかくそこで穴埋めをするようになって、イギリスも非常に高い付加価値税を持つようになりました。他のヨーロッパの諸国もそうですが、大体、先進国というのはこのような顛末を辿ることが多いようです。
そして、彼女が行ったことに色々ありますが、強面の面があったので、アルゼンチンのフォークランド紛争などもありました。しかし、最終的には人一人あたり税金を取るといって、人頭税を取ると言い出して、不人気になって辞任に繋がりました。

今日のまとめをです。サッチャー首相、12年間在位の中で財政の立て直し、財政赤字を克服しました。しかし、切るべき福祉を切ったり、付加価値税を導入したり、冷たい面もあったと言われていて、プラスマイナス両面あったということです。

分野: 異文化コミュニケーション |スピーカー: 鈴木右文

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