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QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > ブックレビュー(5) 渋沢栄一自伝『雨夜譚』岩波文庫 (技術経営、科学技術政策/永田晃也)

ブックレビュー(5) 渋沢栄一自伝『雨夜譚』岩波文庫

永田晃也 技術経営、科学技術政策

18/12/04

今回のまとめ:「日本資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一の自伝は、日本の経済システムの誕生の歴史を知る上での第一級の資料です。

 これから2回に亘って渋沢栄一の著作を紹介したいと思います。今回ご紹介するのは、『雨夜譚(あまよがたり)』というタイトルの自伝です。
 渋沢栄一は、日本の近代化初期に、非常に多くの事業の創造に寄与し、「日本資本主義の父」とも呼ばれている人物ですから、ご存知の方も少なくないと思います。その来歴は、正に波瀾万丈と言ってよいものでした。
 渋沢栄一は、1840年(天保11年)に、武蔵野の血洗島村、現在の埼玉県深谷市血洗島の農家に生まれました。生家は藍の生産や養蚕を営む豪農で、栄一は厳粛な父親の下で6歳頃から書物の読み方を習い、後に従兄に当たる尾高惇忠から四書五経などを学んだとされています。
19歳の時には惇忠の妹・千代と結婚しますが、この頃から江戸遊学の経験などを経て次第に尊王攘夷の思想に影響を受け、24歳のとき、惇忠や従兄の渋沢喜作らとともに高崎城を乗っ取った後、横浜の外国人居留地を焼き討ちするという無謀な計画を立てます。この計画は、惇忠の弟・長七郎の説得によって思い止まることになりますが、栄一や喜作は八州取締による捕縛を避けるため京都に逃れました。この時、徳川御三家のひとつ一橋家の家臣・平岡円四郎に兼ねて面識を得ていたことから、栄一らは一橋家の家来としての名を借りて京都に上りました。栄一らが謀反を企てていたことは、やがて平岡に知られることになります。しかし、平岡は栄一らの真意を糾した上で、一橋家に仕官することを勧め、平岡の推挙によって栄一らは一橋慶喜に抱えられることになりました。この平岡という家臣は、栄一らの仕官後、間もないうちに攘夷派の水戸藩士に殺害されてしまうのですが、よほど人を見る目を持った名伯楽であったようです。
一橋家に仕官した栄一は、兵隊募集の任を帯びて各地を巡回するうちに様々な経済改革案を建議して採用され、財政改革を担う勘定組頭という身分に昇進して藩札の発行などの政策に手腕を発揮していきます。1866年には慶喜が将軍家を相続して第15代将軍となったため、栄一は幕臣となりました。彼は徳川幕府に将来はないと見ていましたから、慶喜が将軍となることに反対でしたし、幕臣としての仕事を楽しむことはできなかったようです。
しかし、翌1867年に転機が訪れます。この年、パリで開催される万国博に慶喜の弟・徳川昭武が参列するため渡欧することになり、それに栄一は随行するよう命じられたのです。一行は欧州各国を巡回し、この間、栄一は紙幣の流通を扱う銀行制度の役割や、商工業者の社会的な地位が日本とは異なって低くないということに強い印象を持ったようです。
この渡欧中、日本では大政奉還がなされ、栄一らは1868年11月に帰国しました。栄一は帰国後、慶喜が謹慎していた静岡藩に滞在し、欧州で見聞した実業の仕組みを思い出して、官民合同による商会の設立などを実践しました。この商会は、当時合本事業と呼ばれた株式会社組織の先駆けとなるものでした。
ところが、その翌1869年には、大蔵省に奉職することになります。維新前に幕臣であった栄一は新政府の官吏になることを潔しとしなかったようですが、当時大蔵大輔という要職にあった大隈重信の説得により新たな国家的事業に身を投じていきます。以後、大蔵省を辞任するまでの4年余りの期間は、栄一が日本の貨幣制度や度量衡の改正、国立銀行条例の制定などの重要な事業に携わった時期になります。しかし、1873年には大蔵卿の地位にあった大久保利通などと予算編成を巡って対立し、栄一は上司であった井上馨とともに大蔵省を辞任しました。

 『雨夜譚』には、この大蔵省辞任の頃までの半生が語られているのですが、民間の実業家としての渋沢栄一の活躍はこの後から本格的に始まります。その活躍は、岩波文庫版の『雨夜譚』に併載されている「維新以後における経済界の発達」という回想録で知ることができます。この回想録に沿って、栄一が設立に関わった会社をみると、第一国立銀行をはじめとする銀行、王子製紙、東京海上保険会社、東洋紡績会社、後に日本郵船会社として統合される海運会社など非常に多様な産業分野に渡っています。栄一が設立に関わった企業は500以上に及ぶと言われており、日本赤十字社などの社会事業や多くの大学の設立にも貢献したことが知られています。渋沢栄一の自伝を読むということは、日本の経済システムについて、その誕生の歴史を知ることに他ならないのです。

分野: イノベーションマネジメント |スピーカー: 永田晃也

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