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QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > 誰に何を我慢してもらうのか (経済予測、経済事情、日本経済、経済学/塚崎公義)

誰に何を我慢してもらうのか

塚崎公義 経済予測、経済事情、日本経済、経済学

18/11/13

今回は、誰に何を我慢してもらうのかという話です。

日本人は、税金とはお上に召し上げられるもので、行政サービスはお上が恵んでくださるものだと思っています。両者が繋がっているという事を意識していない人が多いと言われています。年金や健康保険などについても同様なので、ここでは税金と呼んでおきます。そこで、可哀想な人を見ると、「政府が何とかしてやれ」と言う人が多いですが、「政府が何とかしてやれ。必要なコストは喜んで我々が負担するから」という人は少ないです。
たとえば、100歳の末期癌の患者を1日延命させる薬が発明されたとします。1日分が1億円だったら、どうでしょうか。「健康保険が適用されないから、お金持ちはご自分でどうぞ」と言われたら、「貧乏人を見殺しにするのか」といって批判する人が出てきそうです。日本人の大人は、大体1億人いるので、1人あたり1円です。それなら、「貧しい人にも健康保険で薬を飲ませてあげなさい。費用はよろこんで国民が分担するから」と言ってもよさそうです。しかし、1万人の高齢者を100日延命させるとなると、国民一人あたり100万円になります。これでは到底無理です。
「正義の反対は悪ではなく、今ひとつの正義だ」という言葉があります。「人命は地球より重いのだから、何としても救わなければならない」というのは正義ですが、国民一人あたり100万円も増税したら、払えなくて破産する国民が大勢出てしまうかも知れません。そんな無理な増税は正義に反します。
ちなみに、世の中には「あと100万円あれば救えたかもしれない命」が数多くあるはずです。アフリカへ行けば、「あと1000円あれば救えたかもしれない命」があるかも知れません。彼らを全員助けるまでは、末期ガンの高齢者の延命は無理だと考えるしかなさそうです。
つまり、可哀想な人は全員助けてあげようということは無理です。その事を今日は皆様にお伝えしたいです。私の事を冷たい人だと思うリスナーの方も多いでしょうが、無い袖は振れないので仕方ありません。

山奥の村に、高齢者5人だけが住んでいるとします。高齢者5人のために道路や水道を維持し、冬になったら道路の雪掻きをするといったコストがかかります。そこで、「山奥から降りて、街に住んでください。年金を3倍払いますから」と頼むべきだという考え方があるでしょう。「生まれ育った場所を離れたくない」と言われてしまえば、無理に引っ越してもらうわけには行きませんが、その場合には「雪掻きはしないから、冬の間の食料は秋の間に買いだめしておいて下さい」といったお願いはしなくてはならないかも知れません。
「高齢者が可哀想だから雪掻きをちゃんとやれ」という人もいると思いますが、その場合には「その分のコストは我々が喜んで払うから」と言う必要があります。たとえば、自治体が住民を集めた集会を開いて、「雪掻きを続ける代わりに図書館を閉鎖するか、雪掻きをしない代わりに図書館はそのまま続けるか、どちらを選びますか」と聞く必要が出てくるでしょう。なぜなら、自治体の人口は減り、現役世代で稼いでいる納税者が減り、雪掻きをしたり図書館で働いたりする労働力も減ってくるからです。
「正義の反対は悪ではなく、今ひとつの正義だ」という言葉を思い出すと、チョット大げさですが、この話もそれに近いです。「山奥の生まれ育った場所で暮らしたいという高齢者の希望を叶えるのが行政の役割だ」というのは、正義です。図書館を利用したいという住民の希望も、正義というと大げさに聞こえますが、正義と言って良いでしょう。両方を同時に成し遂げる事が出来ないとしたら、どちらを選ぶのかは民主主義ですから国民や住民が決めるしかありません。

図書館より切実なのは、介護かもしれません。現在すでに、介護は労働力不足ですが、今後は介護を必要とする人が大幅に増えていくでしょうから、深刻な問題が起きかねません。そうなると、山奥の高齢者を無理やり街に連れてくるわけにも行かず、介護の必要な街の高齢者を見放すわけにも行かず、正義と正義の間で行政は苦悩する事になりそうです。お金の問題も深刻ですが、これからは限られた労働力をどう使うか、という事が問題となってくるでしょう。「無い袖は振れない」という言葉が、お金ではなく、労働力だという事になると、これは深刻です。
労働力不足だから、外国人に介護してもらおうという話は、別の意味で問題です。介護が労働力不足なのは、仕事がキツイ割に、仕事のキツさに見合った給料がもらえないから人が集まらないということです。従って、正攻法で介護労働者の報酬を引き上げるべきです。それを、介護報酬を引き上げずに外国人労働者で不足分を補ってしまうと、いつまでも介護労働者が仕事のキツさに見合った給料がもらえない事になります。それもまた、正義とは言えないような気がします。

今日のまとめです。全員の希望を叶える事は不可能です。特に、労働力不足の時代では、限られた労働力を何に使うのかが問題となってきます。「可哀想な人がいるから助けよう」と考える時に、「もっと可哀想な人を助けるのが先かも」と考える事が必要でしょう。

分野: 経済予測 |スピーカー: 塚崎公義

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