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QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > イギリスの歴史(48)戦後の体制(4) (英文法理論、コンピュータによる英語教育/鈴木右文)

イギリスの歴史(48)戦後の体制(4)

鈴木右文 英文法理論、コンピュータによる英語教育

18/06/28

前回は鉄道の話の頭出しをしました。1948年に国有化したという話と、イギリスが鉄道発祥の地にも関わらず、なかなか近代化が遅れていたという話をしました。

その後、累積赤字も進み、何とかしないといけないという事でその後様々な努力がなされました。その中で70年代になりまして列車の最高速度の水準が日本からみると相当高いものになっていました。1つは160キロ、そして特殊な列車で200キロまでという形になっています。電化もこの時代に結構進みました。今でもイギリスの中で所謂電化していないディーゼルカーがかなりあちこちにあり、幹線もまだディーゼルカーのところが多いです。イギリスの東の方の幹線で、ロンドンからエジンバラへ向かう幹線、ヨークを通って、あそこのところはかなり早くから電化をしています。そのような近代化は進みましたが、やはり累積赤字の問題が解消されるわけではなく、とうとう1993年に分割民営ということになりました。日本でも全く同時期ではありませんが似たような時期に分割民営化が行われています。イギリスのこの時の分割民営の特徴というのは、日本と違って線路をもって保守作業をする会社とその上に列車を走らせる会社が別々になりました。だから同じレールの上をいくつも別の会社が列車を走らせているという区間も出来ました。
この線路の保守をしている会社というのが完全に民営化したはずでしたが、やはり基盤となるインフラなのでかなり民間では保たないということが起き、途中から政府が支援する会社に変わっていきました。ネットワーク・レールという名前を今持っていますが、これは非常に地道な会社です。私たちがここから直接切符を買うことはありません。それに対していわゆる電車を運行する方の会社ですが、当時は25社でした。今その後、離合集散があるので少し変わっているかもしれません。実は離合集散といいましたが結構あります。私がよく使う区間も名前がこの間2、3回変わった気がします。
ただ、以前国鉄だった時の仲間の会社たちでしたので、外国人専用のレールパスという体制は残っていて、切符を扱う様々な協定を結んで色々な精算はしている、日本でいうJR同士の関係というようなものだと思っていいと思います。そのような形で分割民営化されて今では、ある会社は元気に、ある会社は倒れそうになりながら走っているという形です。以上、鉄道の事を少し見させて頂きました。

今日は頭出しだけになるかもしれませんが、大きな話です。EUの話をさせていただこうと思っています。EUというのは皆さんご存じの通り、ヨーロピアン・ユニオン(European Union)の頭文字をとっていて、日本語では欧州連合と言います。これはいつ頃できたか覚えていますか。もう相当になります。1993年なので、それ以後かなり経っていると思います。ところがその前身にECというのがありました。これはヨーロピアン・コミュニティ(European Community)と言って、欧州共同体と日本語では訳していたものですが、これは1967年です。この辺り実は単純にこれが前身というのはなかなか難しくて、色々なものが同時に走っていたのでほぼ概略でしかありませんが、この辺りの流れの一番最初といえるものというのは欧州石炭鉄鋼共同体というものです。ECSC、英語ではヨーロピアン・コール、コールは石炭で、スティール・コミュニティ(European Coal and Steel Community)と言いました。これは戦後の体制の中で経済的な事、軍事的な事に関して資源管理をしようという発想から出てきたもので、このような調整機能が無いとまた戦争の時代がぶり返してはいけないという発想があったと思います。ところが、ここで最初の契約国6か国ありますが、イギリスは入っていません。最初はドイツ、フランス、イタリア、それからベネルクス3国、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク。なぜイギリスが入っていなかったかということは、色々と諸説あると思いますが、大体イギリスはヨーロッパ大陸の動きと違った動きをするので有名、あるいは悪名高いのかもしれません。今でもイギリスは他の加盟国と違う雰囲気を持っています。抜けようとしているし、ポンドは辞めないしという形になっています。そのような流れで、イギリスは最初は入らなかった。イギリスが加盟してくるのは随分先の話です。ECが1967年と言いましたが、その後の1973年に初めて入ってきているという形で、遅れてきています。市場統合の象徴ともいえるシェンゲン協定などというのもありますが、これもイギリスは入っていないという形で、どうもイギリスとメインランドの方が違うという事がここを見ても明らかです。

今日のまとめです。鉄道の話のまとめをさせて頂きましたが、EUの話を少しさせて頂きました。前身にECというものがあり、そもそもは石炭と鉄鋼の共同体、ECSCに発祥し、イギリスは遅れて入ってきたよという歴史を紹介いたしました。

分野: 異文化コミュニケーション |スピーカー: 鈴木右文

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