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QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > イギリスの歴史(47)戦後の体制(3) (英文法理論、コンピュータによる英語教育/鈴木右文)

イギリスの歴史(47)戦後の体制(3)

鈴木右文 英文法理論、コンピュータによる英語教育

18/06/27

戦後の話を続けて行います。今日はその3回目です。前回、経済の話に少し入ったと思いますが、まとめると大体経済が回復してきて、60年代くらいまでは上向きだったものが、60年代70年代位になってきて、それまでの福祉体制その他が響いてきたようで、少し景気が悪くなってきたという話をしたと思います。その時にインフレが起きて労働者がきつくなってストライキを起こしたというような事から日本にもこの時代にゼネラル・ストライキというものが波及してきていたという話をしたかと思います。当時は結構世の中騒然としたものでしたが、あまり覚えていらっしゃる方はいないかもしれません。

それでこの経済の動きと直接関係しているとは言えないでしょうが、通貨制度の改定が1971年に起きています。この話をします。少し柔らかい話だと思って聞いていただければ結構ですが、今イギリスでお金というと単位は何でしょうか。ポンドです。ユーロも使えるという状態、でも本来はポンドです。1ポンドの下の単位はご存じですか。英語の単数形ではペニー、複数形ではペンスと言います。日本語ではペンスといった方が分かりやすいと思います。1ポンド=100ペンスで所謂メートル法です。イギリスは、現代ではほとんどメートル法の通じる国です。だから長さは1m、重さは1kgということになっていますが、昔の単位も分かる人が多いです。
1が100というのは実は71年まではそうではありませんでした。しかも3つお金の単位があり、ポンドとペンスの間にシリングというものがありました。例えばシャーロックホームズのシリーズなどを読んでいてシリングというお金が単位として登場します。懐かしいと思われる人もいらっしゃると思いますが、どのような繋がりだったかというと、1-100ではなく、1ポンド=20シリングです。そして、1シリング=12ペンスでした。だから、1ポンドは240ペンスです。このような複雑なことをよく出来るなと思いますが、人間は不思議なもので、100進法でなくとも最初からこれで慣れていればこれで感覚ができます。何故このようなことになっていたかというところまで今日は申し上げることは出来ませんが、英語で20のことを古い言い方でスコアと言います。「a score ofナントカ」で「20個のナントカ」という意味になり得るんですが、20が1つ、物の数え方の単位だったことは間違いないです。さっきの1シリング=12というのは、これはダースです。だから12進法というのもヨーロッパで昔から馴染みがあったと捉えていただければと思います。
それからこれは柔らかすぎる話ですが、ペンスをPと書く事が多いです。例えば八百屋さんに行って安いものを売っていて50ペンスが「50P」と書かれています。町の中の人たちが「フィフティーピー」と言います。でも「ピー」というのは「おしっこ」という単語と同じなので、あまり上品なこととは言われていないので、向こうで喜んでフィフティーピーと言って叫ばないようにしてほしいと思っています。現在1ポンドというのは大体日本円で150前後で推移していますが、これまでのところ120~260円台位まで上がり下がりしたことがあります。だから、一番私たちにとって不利な時は、向こうに行って、こちらでいう吉野家さんみたいなところに入ってちょっとしたものを食べても、僕等の感覚でいうと3,000円のようでした。もう本当にどうやって生きていくんだろうと思いました。
ブレクシットの後、たぶん、ポンドはポンドのままで、もしかしたらユーロも使えなくなるのかどうかというところが気になるところです。イギリスがEUから脱退すると、その後のその辺を心配していますが、なるようにしかならないなと思います。

イギリスの戦後の体制の色々な話をみてきましたが、次の話で鉄道の話に移ります。今日はちょっと頭出しということになります。鉄道は1948年に国有化されています。所謂労働党政権の時代に色々なものの基幹産業の国有化が行われた流れの1つです。しかし、何故かイギリスは鉄道発祥の地ではあるのに、その後の近代化が遅れていました。僕もどうしてかというところまで把握していませんが、赤字も大分かさんでいてということになっていて、一生懸命テコ入れはしたようですが、その後鉄道の地盤を固めるという地道な作業の他、高速化も大分行われるようになって、日本で言う在来線でも160キロで走るのが通常になりました。その後、HST(High Speed Train)、ハイスピードトレインと言いますが、特殊な列車が200キロを出すところまで行くようになりました。ところがそれでも乗客のじり貧があり、なかなか上手いこといかなかったという事がありました。その続きはまた次回ということです。

今日のまとめです。経済の話のまとめと、通貨の改定の話をさせていただきました。そして、次に繋がる話として、鉄道の話の頭出しをさせていただきました。

分野: 異文化コミュニケーション |スピーカー: 鈴木右文

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