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QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > 第1話:イギリスの歴史(43)第1次世界大戦(2) (英文法理論、コンピュータによる英語教育/鈴木右文)

第1話:イギリスの歴史(43)第1次世界大戦(2)

鈴木右文 英文法理論、コンピュータによる英語教育

18/03/07

今日はイギリスの歴史シリーズです。長いことやってきました歴史シリーズですが、非常に現代に近いところになってきています。前回は第一次世界大戦の話に入り、今回はそれの続きという事になります。

まず前回のおさらいです。最初はオーストリア=ハンガリーというところとセルビアの所の二国間で済むような問題だった気がしますが、そこで起きた事件をきっかけにして他の列強たちがバックにきて、大騒ぎになってしまったと思います。そして、二つに分かれて、連合国と同盟国に分かれたというお話をしたと思います。一方がイギリス、一方がドイツが親玉のようなもので、この二つが激突したという形になっています。それまでは、イギリスがいわゆる大英帝国の栄華を誇っていて歴史をリードしたということや世界の工場である大国として幅を利かせていました。しかし、その背景としてドイツがだんだん追いついてきたという事があります。今でこそ色々な工業製品などを考えてみると、ドイツは大変な国だという事は僕らもよく知っていますが、この当時その足音がひたひたと追いかけてきたということです。それが背景にあったので、お互いの国がそれぞれの命運をかけてというようなぶつかり合いになったという経緯があります。

さて、イギリスの歴史のお話なので、第一次世界大戦の全体のお話をするわけではありませんが、イギリスが参戦したきっかけについてです。ドイツがそれぞれ西と東へ向かい、東はロシアの方へ向かって東部戦線を作り、西はフランスの方へ向かって西部戦線を作りました。そのときにドイツからフランスへ行くには当然その中間の国々を経由して、ベルギーのあたりを通ります。イギリスの直接の参戦のきっかけは、ベルギーを通ってくるドイツ軍を押し留めようとしたところでした。いわゆる西部戦線という事になりますが、イギリスの人にとっては、このときのソンム川の戦いという戦いが凄く頭にこびりついています。どういうことかというと、初日でイギリス軍の兵士が3万人亡くなりました。この調子でいったら大変なことになると誰もが思ったと思いますが、一旦始めるとなかなか止められないのが戦争です。私もイギリスの歴史を見ていて、ここのところはすごくショックな日だったのだろうなと想像しております。それでイギリス全体、世界大戦全体で言うと7,80万人くらいの規模の戦死者を出しています。初日にソンム川の戦いで危惧したほどの数字ではありませんでしたが、それにしてもこれだけの人間が犠牲になるというのは今までの歴史になかなかなかったことで、非常に取り上げざるを得ない大きなテーマです。

そして、陸上の戦いでこれだけの人が亡くなった原因を探ってみると、塹壕戦というものがあります。陣地をとるときに溝を掘り、どこかに行く際はその中に隠れて行き来するから標的にならないというもので、それの確保のし合いで陣地の取り合いをしていました。このような言い方は少し変ですが、なかなか相手を一気にせん滅することが出来にくい陣営になり、膠着状態が生じて、それでいたずらに犠牲者が増えていくというような事を繰り返しました。それが非常に陸では大変でした。

また、海の方では、イギリスの海軍とドイツの海軍がぶつかり合う事になり、イギリスの方ではドイツの艦船が出て来れないように押し留めようとする方向で作戦を展開します。しかし、これは名前聞いたことあると思いますが、ドイツの海軍が持ってるUボートというものがここで出てきます。Uボートは潜水艦です。これがあちこちに色々な悪さをしたということで悪名高く残っていますが、英米の民間人が乗った船を沈めるという事件が起きたことをきっかけに、かなり列強が本気モードに入って、特にアメリカが怒り出して、ここで連合国側について参戦してきたという事があり、大ごとになっていきました。

そしてさらに大ごとになってきたのが、空も舞台になり始めたということです。それまで飛行機は昔の戦いはありませんでしたが、ここで軍用として飛行機が使われるようになりました。そうすると、どこか行って爆撃が出来るようになり、これが大変なことになりました。ロンドンもやられました。だから、イギリスは本土が戦場になったという事もあり、これは大変だという大騒ぎになりました。

その他には、タンク・戦車です。これも陸上で犠牲者をたくさん出す要因になりました。科学技術が進歩してきたせいで犠牲者が増えていったという側面があります。そのようなことで、イギリスとしては兵を募ると民間人にも広く募るということをやらざるを得なくなってきたというようなことがあり、大騒ぎになりました。

ドイツは、次第次第に勢いをなくしていき、最終的には降伏しました。皆さんもご存知の通り、最後結ばれた条約がヴェルサイユ条約で、アメリカはもうお互いに白紙にしようと言いましたが、フランスの大臣でクレマンソーという人がいて、この人がドイツには金払わせる・賠償金払わせると強硬に言って、そのような事になりました。実は、そこで痛めつけられたドイツが後で第二次世界大戦に突き進むことにつながりがあるので、今からするとこの時に白紙にしておけばよかったのではないかという人もいます。

今日のまとめです。第一次世界大戦、非常に大きな出来事として見てきましたが、技術の発達、そしてイギリスからアメリカへの覇権の変更という非常に大きな意味を持っている出来事として起こった戦いです。私たちはここからいろんな教訓を学ばなければいけません。

分野: 異文化コミュニケーション |スピーカー: 鈴木右文

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