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QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > イギリスの歴史(42)第1次世界大戦(1) (英文法理論、コンピュータによる英語教育/鈴木右文)

イギリスの歴史(42)第1次世界大戦(1)

鈴木右文 英文法理論、コンピュータによる英語教育

18/01/03

今日はイギリスの歴史シリーズです。今までのペースが段々落ちてきていると言いますか、我々の身近な時代に近づいてきたので、細かいことに入っています。しかし、本当に細かいことを全部やり出すと多分あと何百回もかかるので、ペースをさほど落とさずに全体を掴むようなお話という形で続けていきたいと思います。20世紀に入ると実に細々としたことが色々ありますが、大胆にまとめまして、今日は第一次世界大戦の話をせざるをえないなと思っています。一度では当然終わりませんので、今日は第一回目という話になります。

イギリスにとって第一次世界大戦がどうだったのかというお話を当然しますが、まずは全般的な話をまとめておきたいと思います。さすがに第一次世界大戦や第二次世界大戦になると色々なところで取り上げられるので、色々なことをご存じの方がいらっしゃると思います。ざっくりとした共通事項をお話ししようと思います。勿論場所は主にヨーロッパで起こっています。でも世界大戦はヨーロッパだけではすまなかったという意味なので、アフリカでも起きたりしています。ところが、あまりにも大規模に起きたので、今までの戦争と違ってパワーバランスで膿を出したらおしまいということではすまなくなりました。その背景として、近代兵器の充実というのがあり、例えば戦車が出てくるとか爆撃の性能が上がるというようなことがあり、一度ぶつかるとすごく犠牲が沢山出るのが特徴になってきました。多分第一次世界大戦で列強は懲りただろうと思います。これを本当にしばしばやったら大変なことになります。実際に大変なことになり、第一次世界大戦、第二次世界大戦を通してイギリスは没落の方向に向かうことになりました。ご存じの通り第二次世界大戦以降は、イギリスに成り代わってアメリカが世界を見ていく立場になりました。それほど大きなインパクトのある出来事であったということをまず言わなければなりません。

基本的には18世紀型のパワーバランスで膿を出して戦争をするというような流れで始まりました。それを何とかしようという動きがなかったので戦争になり、しかもおおごとなことになって、これは大変だということになりました。背景としては2大陣営というものがありまして、いわゆる同盟国と連合国というものです。英語では同盟国の方はThe Central Powers、中央です。そして連合国はThe Allied an associated Powersと言いますが、英語の方はたいしたことありません。どのように入っていったかというと、一番大きくはドイツと英仏の対立です。同盟国にドイツがいて、連合国にイギリス・フランスがいるというところが一番大きいです。もう少し細かい国まで拾うと、同盟国の方はドイツ、当時オーストリアとハンガリーがくっついてオーストリア・ハンガリー、トルコとかブルガリアといったところ、連合国の方はおなじみイギリス・フランスの他にアメリカとロシアというようなメンバーでした。

その陣営がお互いに相手を好ましく思っていないというのが背景にあったところで、きっかけは1914年のサラエボ事件です。さすがにどこかで聞いたことがある名前になってきました。オーストリア・ハンガリーの皇太子が、サラエボは当時のボスニアというところにありますが、ボスニアのサラエボでセルビア人に暗殺された事件です。そのオーストリア・ハンガリーとセルビアというのは、当然仲が良くありませんでした。その辺の細かいところを拾っていくと大変なので止めますが、それが背景にあり、ローカルなものがきっかけでした。しかし、そこでオーストリア・ハンガリーがセルビアに対して宣戦布告をするということが起きてから、それぞれの陣営に俺も味方に付くぞといって入りこんできたものがものすごく大ごとになってしまったというのが背景です。それが先程申し上げたとおり、近代的な軍備の増強やその他の要因によって本当に大ごとになってしまいました。戦死者も何千万人という単位で生じているという本当に大変なものでした。先程オーストリア・ハンガリーがセルビアに宣戦布告をしたというのがありましたが、それぞれの国がおれも宣戦布告という形で入ってくるので、大きな動きとしてイギリスが入ってきた動きは、ドイツがフランスやロシアに宣戦布告をしてベルギーを取ってフランスを窺う形になり、イギリスとしてもやっぱりフランスまでドイツに来られてしまっては、次は自分になります。だから、これはやばいぞということでベルギーの支援に入ってくるところで、イギリスが入ってきました。そうなると、イギリスやドイツが本気でぶつかれば、これは局地的な争いでは済まなくなってくるということが先程から言っていることです。そして、世界大戦に発展したということが最初のきっかけの一般的な話です。

イギリスから見た話ということですが、イギリスとドイツが元々仲が良くなかったという背景には、最初に大英帝国として大きな栄華を極めたイギリスの一人勝ち状態のところへドイツがどんどん力をつけてきました。これはいつか自分の地位を奪われるという恐怖もイギリスにはあっただろうと思います。それで、お互いに文化競争のようなことになりました。それも背景として一旦戦火が起きればお互いに大変なことになるということに繋がってしまいました。イギリスはドイツをはさんでフランス・ロシアとの三国協商、これも懐かしい用語と思いますが、そのような協力体制を作り上げて、今までの一人勝ちの状態から連合を組んで自分の敵と対抗していくという風に舵を切ったということが昔背景にありました。日本とも実は同盟組んでいます。日英同盟というのがあります。イギリスはベルギーに入っていって、そこで西部戦線というものが出来たという所ですが、その続きは次回お話しします。

今日のまとめです。第一次世界大戦、大変な戦いが始まり、局所的なことでは済まなくなってきた時代に勃発した戦争で、大変な大きなことになってしまいました。イギリスはそれにどのように絡んでいったかということのきっかけの話をさせて頂きました。

分野: 異文化コミュニケーション |スピーカー: 鈴木右文

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