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QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > イギリスの歴史(41)19世紀(9)アヘン戦争 (英文法理論、コンピュータによる英語教育/鈴木右文)

イギリスの歴史(41)19世紀(9)アヘン戦争

鈴木右文 英文法理論、コンピュータによる英語教育

18/01/02

今日はイギリスの歴史シリーズです。ものすごく長いことになっていますが、段々19世紀も深くなってきてそろそろ現代に繋がる時代になってきました。今日のお話は19世紀の色々な争いごとの中でもイギリスが特に首を突っ込んでいたアヘン戦争です。中国の話をさせて頂こうと思っています。

歴史家ではないので、このようなことがありましたというご紹介です。アヘン戦争を考える時にそれまでのイギリスと中国の背景というのが必要になってくると思いますが、中国といえばお茶で、イギリスもお茶を買っていました。ご存じの通り紅茶として使いますが、イギリスはこの当時はお茶がなければやっていけない国になっていました。大昔はお茶というものはありませんでしたが、途中からお茶を嗜むようになって必需品になりました。中国が色々な国に輸出しているものとしては、お茶の他に繭から取れる生糸、陶器・陶磁器の類があり、何故か対価として銀をもらっていることが多かったようです。そして、貿易にはある程度の制限があり、今で言う完全な自由な貿易ではなかったようです。イギリスは先程申し上げたとおり、お茶の輸入を大分中国から行っていましたが、当然対価として銀を払わなければなりません。イギリスのお茶の輸入が多かったので、どんどん銀が流れていきました。それをなんとかしたかったという背景です。

今からは考えられませんが、アヘンといえばいわゆる有害なものです。そのようなものを対価の代わりにしようとしたということですので、言葉が悪いけれども、あくどい話だと思います。当時、押せ押せの植民地主義の時代ですので、政策の一つでした。中国に対して銀の代わりにアヘンで払うことを始めようとしました。当然、中国としてもそれは困ります。アヘンで払おうとしたというのは一つ背景があり、当時イギリスが支配していたインドは、一応イギリスの一部になっていたようなものなので、その土地の中でアヘンが流行るのは困るので取締をする立場です。いらなくなったアヘンはどうするかという話で、中国に持っていって支払の代わりに使えたら一石二鳥だというようなことが裏にはあったようです。当然中国としては快くないので、そこで争いが起きました。一番大きなきっかけになったのがどうもアヘンを押収して処分するというようなことを中国が決心して、それを実行に移したので誤魔化すことができず、お互いぶつかることになってしまいました。

英国は当時相当な軍事力を持っていたので、ほとんど地球の裏側みたいな所ですが、軍隊を送ることが出来る力があり、そのようにしました。このようになり、1839年のことですが、久しぶりに細かい年代が出てきましたが、中国がアヘンを押収して廃棄するという大きな動きに出た年です。そこがきっかけになり、イギリスは先程申しあげたように軍隊を派遣して、それが1840年と言われています。これがいわゆるアヘン戦争です。実は2つありますが、これが第一次アヘン戦争の始まりでした。当時中国としてはアヘンによるいわゆる人民の退廃というものも勿論問題はありましたが、銀が順調に入ってこない、そしてそれが逆に出ていくというようなことが起きたので、経済的にも相当混乱したようです。だから、中毒の問題だけではなく、国の経済というものも滅茶滅茶になってきたということで、どうしても我慢が出来なくなってきたということが背景にはありました。それにしてもその当時の中国、清ですが、その軍事力とイギリスの軍事力では問題にならないわけで、当然結果はイギリスの勝ちということになってしまいます。その結果として結ばれたのが南京条約です。

この当時アジアの国々が欧米の列強と結んだ条約は大抵どこも不平等な条約で、日本も不平等条約を当初結ばされて、それをなんとかしようと思って随分躍起になりましたが、それと同じことが起きました。それが1842年です。その時にすぐにというわけではありませんが、その流れの中でイギリスは戦争に勝ちましたから利益を求めます。この時直ぐにではありませんが、香港もこのような流れの中で、言葉は悪いですが、せしめました。99年間の租借権だったので、覚えていらっしゃる方いるかどうか分かりませんが、1997年に元に返還するということが起きました。私はその直前に香港に行ったことがありますので、このときの歴史を思い起こしました。そのようなことが起きたという時代だったという話ですが、この後、スパッと競り合いが終わったわけではなくて、1857年にも戦闘が起こります。その結果、結局中国は制限があった貿易というものを撤廃させられることになり、色々な港を開かなければならないという事態になりました。日本も黒船以降段々と港を開いていきましたが、それと同じようなことが中国でも起こったということで、まとめればイギリスとしてはまたやりましたという話です。

今日のまとめです。19世紀にイギリスが色々と外で起こした戦乱ですが、その一つのアヘン戦争、中国との問題の話をさせて頂きました。

分野: 異文化コミュニケーション |スピーカー: 鈴木右文

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