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QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > 第2話 イギリスの歴史(40) 19世紀(8)クリミア戦争 (英文法理論、コンピュータによる英語教育/鈴木右文)

第2話 イギリスの歴史(40) 19世紀(8)クリミア戦争

鈴木右文 英文法理論、コンピュータによる英語教育

17/12/05

今日はイギリスの歴史シリーズです。19世紀のお話が続いていますが、今日はクリミア戦争のお話をします。イギリス本国以外を舞台にしたお話がずっと続いていますが、それだけイギリスがあちこちに手を伸ばしていた時代だからということになります。

クリミア戦争というのは、トルコを発端にしてロシアと英仏が戦ったというイメージを持たれている方が多いと思いますが、私もそのような理解ですが、一番最初のきっかけはどのようなことだったかというと、当時からロシアが南に下りたがっていて、何かきっかけがあれば、南に下っていくぞという動きを見せていました。そして、そのきっかけを作ってしまったのは、実はフランスでした。
ナポレオン三世という人物がいて、会ったことはありませんが、当時エルサレムというのはトルコが支配していました。それは、オスマン帝国です。そこにキリストが誕生した生誕教会があり、これの管轄権がギリシャ正教の方に当時はありました。それを、フランスはカトリックの国なので、カトリックの方に移せと言ってトルコにナポレオン三世が圧力をかけて、トルコがそれを「うん」と言ってしまったことがきっかけです。
細かい話ですが、そうなると正教の人たちが面白くないです。ロシアは東方正教会の方の国だから、ロシアはそれをきっかけにしてこれを口実にして、東方正教会の人達を守るぞと言って、ロシアはトルコになだれ込みました。それが1853年の19世紀も半ばのことです。トルコとしては、当然それは面白くないわけですけども、英国、フランスの協力のもとにロシアに宣戦布告をするという事態にまで発展します。
ロシアの方は、最初はイギリスとフランスは当時あまり仲が良くなかったので、そこが結託してこっちに向かってくることはないだろうと甘く見ていました。だから、トルコはとれると思っていました。だからこそ、南下を始めてきましたが、それが裏目に出まして、英仏が結託までは言いませんが、一緒に手を組みました。お互いに敵対同士ではありますが、ロシアがやってきたら困るという利益関係は一致していたので、何とかそこでまとまったわけです。それで、ロシアは逆に苦境に入ります。
イギリスとしては、この地域をどうしても落としたくありませんでした。何故ならば、インドが色々貿易などでイギリスとの間で関係が深かったから、その間の陸上ルートのど真ん中にあるトルコのあたりがロシアに牛耳られてしまうと非常に困るということがありました。だから、イギリスは躍起になってそこを何とかしようとしたということが背景にあります。翌年、イギリスもフランスもロシアへ宣戦布告ということで、全面戦争に入っていってしまいます。そして、この辺りの地域でクリミアという地方があって、一番拠点になった戦いの場所がセヴァストポリという港です。ロシアにとっては軍港です。ここを巡って結構長期戦が行われることになり、この時代はもう武器が発達したので、両側で戦死者は20万人になりました。本当になんとも痛ましいことです。

ちょっとしたエピソードですが、ここで膠着した1つの原因になることが、港の船が入る入り口のところにロシアは自分の軍艦沈めて、他の国の軍艦が入って来られないようにしました。実は、イギリスは本国の島の方で似たようなことをしたことがありますが、そのようなことをやるのも1つの膠着の原因だったかと思われます。長引いて両方で死者がたくさん出ました。最後は結局ロシアがやっぱり英仏連合に敵わなかったということで、ロシアが負けることになりますが、終戦を迎えたのが1856年、2年くらいの戦いだったわけです。
この戦いは、以上説明した通りでまとめられてはしまいますが、どうしてもここで欠かせない人名が1人あります。それは、ナイチンゲールです。クリミア戦争といえばナイチンゲールです。近代的な看護の仕方を実践し始めた人です。ここから後の色々な赤十字の運動にもつながっていきます。それから、彼女はイギリスへ帰って行って、看護師の養成の教育機関を作ったということでも有名です。その名前はどうしても覚えておきたいとは思うのですけども、彼女は意外とリッチなファミリーの出です。僕はどういう出自であっても努力した人が偉いと思うから、全然出自は構わないですが、少し意外な気はしました。

今日のまとめです。イギリスがあちこちに手を出して色々なことを起こしていましたが、ロシアとの関わりで19世紀の中頃、トルコを巡ってクリミア戦争が行われました。ロシアの南下が阻まれ、イギリス・フランスの勢力が拡大しました。そして、そこで覚えておきたい有名な人名としてナイチンゲールがあったという話をさせていただきました。

分野: 異文化コミュニケーション |スピーカー: 鈴木右文

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