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QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > 高度成長期が遺したもの (経済予測、経済事情、日本経済、経済学/塚崎公義)

高度成長期が遺したもの

塚崎公義 経済予測、経済事情、日本経済、経済学

17/05/03

今回は、高度成長が遺したもの、というお話をします。第一は、何と言っても豊かな生活です。高度成長のおかげで日本は先進国として豊かな国になりました。その後、バブル崩壊などによって停滞していますが、生活水準が高いことに変わりはありません。
次に、農村から若者が都市に大移動したことです。高度成長期には、農村で人手が余り、都市で人手が不足していましたから、中学を卒業した若者が農村から都会に働きに出てきました。農村には、彼らの親が残りました。親も若かったので、トラクターがあれば夫婦ふたりで十分だったのです。
その名残が、お盆と暮れの帰省ラッシュですね。彼らの親が農村で田畑を守っているので、親に会うために都会の若者たちが盆と暮れに帰省するわけです。若いひとたちは、夏休みを田舎のおじいちゃん、おばあちゃんの所で過ごした経験があるかも知れませんね。
これは、若者を田舎の人間関係から開放しました。良い面でも悪い面でも、伝統的な習慣やしきたりが衰えて、近代的な人間関係や風習が広まりました。

サラリーマンと専業主婦といった家族が一般化したのも高度成長期です。農村では職場と住居が近く、共同作業をしているので、女性も農作業に従事しますし、子育てなどもジジババが助けてくれたりします。しかし、都市のサラリーマンは職場が自宅と離れていますし、核家族といってジジババと離れて暮らしていますから、夫婦が二人共働きに出る事が容易ではありません。
昔は少子化ではなく子供の数も多かったですし、とくに洗濯機や掃除機などが普及する前は、大勢の子供の世話をするだけで重労働でしたから、妻が働きに出る事は容易ではありませんでした。そこで、サラリーマンの妻は専業主婦とならざるを得なかったのです。
高度成長期に年金などの制度が作られましたが、サラリーマンと専業主婦の組み合わせを前提にした制度となっています。最近では女性の活躍が叫ばれ、共働きが一般化しつつありますが、制度の方が昔のままなので、いろいろと不公平や不都合なども生じているわけです。
ほかにも、高度成長の負の遺産とでも呼ぶべきものが数多くあり、最近になって深刻化している問題も少なくありません。

昔から言われているのが都市の過密と農村の過疎ですね。都会に人が集まりすぎて、混雑が激しいですし家を買うのも高くて大変です。一方で農村は人が減っていくので、税金が入ってこなかったり店が成り立たなくなったり、様々な問題が生じているのです。
それ以外でも、わりあい深刻なのは、農村の高齢化だと思います。高度成長期に若者が大量に都会に出てきました。当時は金の卵の親たちも若かったので、農作業は彼らだけで十分だったのです。しかし、彼らが高齢になってみると、後継者がいないのです。
かつて金の卵だった人々は、都会で結婚して仕事を持っているため、親が高齢化したから農家を継ぐために農村に戻る、という人は少ないのです。私としては、農家が引退したら農地を誰かが借り受けて、大規模な機械を使って農業を続ければ良いと思うのですが、先祖代々の土地を貸したり売ったりするのは抵抗がある、ということなのでしょうか、なかなか進まず、耕作の行なわれていない耕作放棄地が増え続けています。勿体無いことです。
農業生産の面だけではありません。

例えば、年老いた親が農村に一人で住んでいて、介護が必要になった場合にどうするか、農村にある先祖代々の墓をどうするか、といった個人の問題も深刻ですが、それ以上に、農村に若者がいないので、生活にも不便が生じています。介護が必要な高齢者は大勢いるけれど、介護をする若者がいない、買い物をしたいけれど近くに店が無い、といった具合です。
住民の多くが高齢者だということは、人口が急激に減っていくという事です。少数の高齢者だけが孤立して生活していくのは容易なことではありません。そうした人々に電気やガスや水道を届けるのも容易なことではありません。彼らが都市に移り住んでくれれば良いのですが、高齢者が生まれ育った土地を離れて暮らすのは大変なことなので、難しい問題となっているわけです。
都会に於いても、大家族ではなく核家族化が進みましたから、配偶者が亡くなった後の一人暮らしの高齢者が増え、孤独に悩む高齢者も多いようですし、孤独死の問題なども時折マスコミで取り上げられるようになりました。かつての金の玉子たちも高齢化し始めており、夫婦のどちらかが亡くなると、独居老人となります。子供と同居するという選択肢もありますが、簡単ではない場合も多いでしょう。

例えば、インフラの老朽化も深刻化しつつあります。高度成長期には大量の道路や橋が作られました。これらが、耐用年数を過ぎつつあります。全国一斉に作られたので、全国一斉に耐用年数となるわけです。
当時は、発展する日本経済を夢見て作られたインフラですが、今となっては人口が減少していく中で、維持すべきインフラと廃棄するインフラを分けなければなりません。もっとも、既にあるものを維持しないで放棄するというのは地元の抵抗も大きく、難しいでしょう。

まとめ:我々の生活水準が高いのは、高度成長期に日本経済が豊かになったおかげです。一方で、若者が都会に出てきたため、過密と過疎など、様々な問題が今も続いています。

分野: 景気予測 |スピーカー: 塚崎公義

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