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QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > イギリスの歴史(33) 19世紀①概観 (英文法理論、コンピュータによる英語教育/鈴木右文)

イギリスの歴史(33) 19世紀①概観

鈴木右文 英文法理論、コンピュータによる英語教育

17/03/30

今日は長い間している「イギリスの歴史」シリーズです。いよいよ時代が進み、今日のお話から19世紀に入りたいと思います。
まず19世紀のざっとした概観を今回はみていきましょう。
今までイギリスの歴史と言うと、何々朝というのが多く出て来たと思います。テューダー朝があったりプランタジネット朝があったりと色々な王朝があって、その王朝の中にどういう王様がいて、その王様が何をしたというのが歴史の中心になっている場合が多くあります。ところが18世紀に入り、いわゆる内閣と呼べるようなものが出来始めてから、政治はプロの人がやるようになり、王様はいわば飾りになりました。そうなってくると、18世紀・19世紀になると何々王が何をしたということはあまり歴史上において重要性をもたなくなりました。とはいえ、今に至るまでずっと王様はいるわけなので、王様の話は無視できません。まず18世紀はハノーバー朝といって、ハノーバーというのはドイツの方の地名ですが、そこから王様を借りてきました。最初は英語を喋れない人が王に就いたわけですが、19世紀に入って一番有名な王様はビクトリア女王でしょう。イギリスの中ですごく栄華を誇った時期というのは女王、つまり女性の王様だったといえます。最初がエリザベス1世、次がこのビクトリア女王になります。ビクトリア女王の頃の王朝の名前というと、日本人で何々朝と答えが出てくる人はすごく少ないと思うのですが、「サックス・コーバーグ・ゴータ朝」と言います。日本語風にはザクセン・コーブルク・ゴータ朝です。

これはビクトリア女王の夫のアルバート公の出身地がドイツの中に当時いくつかあった公国、貴族が作っていた国の1つの出身だったことに由来します。アルバート公のファミリーの名前がザクセン・コーブルク・ゴータと言います。しかし、さきほど触れた通り、そういう何々朝というものはほとんど重要性を持たなくなっていたので、知っている人は少ないということになります。ビクトリア女王という名前の方が有名ですが、そうなってくるとビクトリア女王の前が誰だったか、そのあと誰だったのかというのをほとんど誰も知りませんし、私も資料を見ないと詳しくは言えない状態ですが、ともかく19世紀はビクトリア女王の時代であると。それが1つの大きなポイントです。

次は政治の実権を握っていた内閣の人達です。以前に小ピットの話が出てきたのを覚えている方は相当よく聞いていらっしゃる方だと思うのですが、いわゆるナポレオンと戦争をやっていた時代ですよね。ネルソン提督などが出てきた時代ですが、その人が首相をやったのが大体1800年を挟んで2回ぐらいやっています。それが19世紀の初めぐらいです。そのあと政治的にはあまり有名ではありませんが、皆さんが知っている大変有名な首相がいまして、名をアール・グレイと言います。グレイ伯です。この名前は紅茶の名前です。政治的にはこういうことをやった偉い人というような批評は全くないのですが、アール・グレイの名前は残っています。今日は紅茶の話の日ではないのでやりませんが、アール・グレイというのは実は20世紀に入ってからのものなので、非常に新しいもので伝統的な名前ではありません。いつかこの話はまとめてしたいなと思っています。

そのあと19世紀も押し詰まってきますと、保守党と自由党というのがデッドヒートを繰り広げる時代になります。どちらもどちらかというと、右寄りというのか、王党寄りというのか、日本人の感覚から言うと中道よりも右側の2つの政党がデッドヒートをしていて、その後、産業革命の後に興ってきた労働党の系統が新たに加わってきて現代では保守党と労働党が2大政党です。他にも小さい政党は多くあるのですが、前述の2つの党が中心になるという時代になっていく、つまり、19世紀は変化する時代です。では19世紀における王室と内閣のもとではどんな時代であったかという事についてですが、産業革命で大きな変化が起こった後に大英帝国として、世界でナンバー1の国と言ったら誰もがイギリスだと言った時代です。今はアメリカですが、イギリスだった時代が19世紀になります。ただ経済的に発展して植民地もたくさん出来て貿易も活発になってみんなが良いことになったかというと、それはなかなかそうでもありませんでした。一般庶民がその利潤を生みだす為に長時間働くとか、労働法制というようなものが出来ない状態で大変な働かされ方をしたとか、そういう内政的な問題もあり、それがきっかけになって社会の変革が起きた時代でもあります。例えば選挙制度が、段々少しずつ投票を出来る人の門戸が広くなっていったのも19世紀の頃から始まっています。また、労働者を守ろうと言って労働党みたいな組織が出てきたのもこの時代ですし、労働組合というものが出てきたのもこの時代です。ですから、そういった意味では今までだったら黙って働いていた人がそうはいかなくなってきた時代になってきたということもいえます。それも働くことの史的変化が産業革命をきっかけにして起きてきたから段々それが世の中の動きとして出てくるようになったということです。今日するお話ではありませんが、外向きには色々な植民地でやったことの話、それから色々な戦争があり、内政問題としては今の労働問題や選挙制度の話等があります。その他内政で色々と法律をめぐって、穀物法やカトリック解放法と言ったそういうもので中がガタガタになっていた時代もあります。そういった話を今後少しずつ見ていきたいと思っています。

それでは今日のまとめです。
今日はイギリスの19世紀について、初回として歴史的な外観をみてきました。外向きには非常に発展した大英帝国の時代でしたが、中で大きな変革運動が始まった時代でもありました。

分野: 異文化コミュニケーション |スピーカー: 鈴木右文

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