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QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > イギリスの歴史(13):チューダー朝の前に (英文法理論、コンピュータによる英語教育/鈴木右文)

イギリスの歴史(13):チューダー朝の前に

鈴木右文 英文法理論、コンピュータによる英語教育

14/03/03

今日はイギリスの歴史シリーズになります。
これまで、イギリスの近代王朝を作った「ノルマン朝」という時代から、近代王朝の時代が始まったというお話をしてきました。その後、戦乱の世の中がありまして、「プランタジネット朝」、「ランカスター朝」、「ヨーク朝」と落ち着かない世の中が続いてきました。
その後「チューダー朝」という時代を迎え、そこでイギリスが「ヨーロッパの中で大きく、非常に力を持った国」という見なされ方をする時代になるわけです。その「チューダー朝」のお話に入る前に、エリザベス1世といった有名な方の話を皆さん聞きたいのではないでしょうか。その前に、「チューダー朝」までの流れで、漏れている部分を少しお話したいと思います。

安定した大国になるからには、経済的な力も同時に付ける必要があります。今日はその「経済」が関係したお話です。経済が発展するためには、当時のことを考えると「農業」がしっかりしないといけないわけなのです。「農業」がどうしっかりしてきたかと言うと、今の人から見ればたいしたことはない話かもしれませんが、「三圃制」というものが特徴として挙げられます。難しい字を書きますし、ラジオでは少しお伝えしにくい漢字になります。英語では"three-field system"と言いまして、耕地を3つに分け、順繰りに農地を使用していき、3年に1度耕地を休ませるという制度になります。
それまでは、とにかく蒔けば蒔きっぱなし、採れば採りっぱなしという形をとっており、計画的に農地を休ませるようなことは特にやっていなかったわけですが、この「三圃制」を導入しただけで単位面積当たりの収穫量が非常に多くなりました。この「三圃制」の導入などにより、農業生産物が増産できるようになりました。これをきっかけに、「農業」が発展していきました。

またイギリスは、近年の何百年間もそうなのですが、「織物産業」が非常に盛んです。当時から羊を飼っており、そこから取れる羊毛で織物を作る、というようなことはずっと続けていたのです。「コッツウォルズ」という所は非常に広々としており、羊を飼うので有名な場所です。当時は羊で成金になった人がたくさんいたくらいで、そのような形で「農業」、あるいは「織物産業」が発達していきました。また「品質の向上」というものもありました。例えば、「織物」というものは、ぎゅっと目が詰まってないと高品質にならないのですが、「縮充機」という目を詰まらせる機械の登場により、製品の品質が向上しました。このような背景から、少しずつ経済力が付いていきました。

そして何よりも「労働者人口」が増えていきました。「農業」の発達に伴い、食べ物も取れるようになり、当然人が集まってくる、すなわち人口が増えるという理屈です。これによって、「地産地消」だけでなく、余剰にできた生産物を分け、各地との交易が盛んになります。そうすると、それまでの「村社会」だけではなく、そういった生産物を流通させる拠点になるような「町」というものができ始めたのです。それまでは、「農業生産をする場所があり、それを耕す人達、そして領主様がいて、そこに教会が1つ建っている」というのが1つの「村」だったのですが、それと違った形の自治体ができたということなのですね。このようにして交易が盛んになり、どんどん経済が発達していくという時代になります。その時代にできたものが1つあるのですが、みなさん、中学校かどこかの教科書で覚えていないでしょうか。

「ギルド」という言葉をご存知ですか。これは「商業組合」、あるいは「生産者組合」というような訳し方をすると思います。こういったものも、この時代に作られるようになったのです。今で言えば基本的なことですが、これまで場当たりで決めていた「労働条件」や「賃金」について、同業者が集まり、検討して決めていくということが、この辺りから組織的に行われるようになっていき、少しずつイギリスが経済力を付けていったのです。

これにあわせてお話しますが、1348年、イギリスの歴史の中では有名な「黒死病」、すなわち「ペスト」の流行がありました。この「ペスト」によって、人口の3分の1が亡くなったのです。これは1家族の中で誰か1人が亡くなるという勘定になりますので、大変なことであったと分かります。この「ペスト」の流行により、時代が変わりました。なぜ時代が変わったのか、経済が発達したのかというと、労働者の力が強くなったからです。売り手市場なので、「ペスト」によって労働者が少なくなると、労働者を優遇する必要が出てきます。そうなると、少しずつ「働かせる側」と「働く側」の力関係が、昔の「封建制」のようにはいかなくなってくるわけです。つまり、両者の均衡が崩れ、労働者の力が強くなるわけです。それにより、「封建制」が徐々に緩み、先ほど言った農村、つまり領主が「荘園」を作っていたわけですが、「荘園」の制度も少しずつ弱体化していき、「土地を持つ農民」が出始め、それまでの「小作農」という形が崩れていったのです。それに伴い、大規模な農業も発達していきました。
そういった中で、「ワットタイラーの一揆」といった、世界史の中でも取り上げられるような出来事が起こり始めたのです。これは潰されてしまった一揆ですが、こういったものが出てきたのも農民の力が強くなり、「不満があれば文句を言う」というような形が出てきて、時代の流れが変わっていったからです。つまり、農民が今までのように支配されっぱなしというわけではなくなったのです。
このように少しずつ経済力を付けていき、次回からお話しする「チューダー朝」へと話が移っていくわけです。

今日のまとめです。イギリスが強大な国になる「チューダー朝」という時代の前、その背景に「農業」の発達、そして「織物産業」の発達、人口の増加、そして先程の病気(ペスト)で労使の力関係の変化、このようなことがあったということをまとめにします。

分野: 異文化コミュニケーション |スピーカー: 鈴木右文

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