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QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > イギリスの歴史(12):プランタジネット朝~ランカスター朝~ヨーク朝(百年戦争と薔薇戦争) (英文法理論、コンピュータによる英語教育/鈴木右文)

イギリスの歴史(12):プランタジネット朝~ランカスター朝~ヨーク朝(百年戦争と薔薇戦争)

鈴木右文 英文法理論、コンピュータによる英語教育

14/01/17

今日は「イギリスの歴史」シリーズになります。

これまで「プランタジネット朝」のお話を随分してきましたが、今日はいよいよ時代が動き、「プランタジネット朝」から「ランカスター朝」、「ヨーク朝」という戦乱の時代の話をしたいと思います。その後、安定した「テューダー朝」というエリザベス1世がいた時代に入っていくのですが、その直前の時代ということになります。

この時代の有名な戦争は2つあります。みなさんも「百年戦争」と「薔薇戦争」というものを聞いたことがあるのではないでしょうか。世界史を少しでも勉強したことがある方なら、どこかで習ったと思います。「百年戦争」は、イギリスとフランスとの間で行われた戦争です。「薔薇戦争」はいわゆる「内輪もめ」です。どこの誰が王座に就くのかを、ある2つのファミリーが戦い争ったという戦争です。

まずは、「百年戦争」からお話したいと思います。時代で言うと、「プランタジネット朝」末期から、 14世~15世紀くらいの話になります。「何で百年も戦争が続いたんだ。」と思う方もいると思いますが、これはイギリスとフランスの関係が関わっています。イギリスの近代王朝は、フランスからやってきたフランス人が作ったわけですが、そんなフランス人がイギリスで王座に就いた場合、フランスに帰り、自国の王様に対してペコペコするのも嫌になってくるわけです。そのため、イギリスとフランスの関係が当然悪くなり、攻めたり攻められたりということを繰り返し、イギリスがフランスの本土に持っている領地が広くなったり狭くなったりを繰り返しました。このような背景もあり、当時のフランスは、本当にイギリスのことを「こんちくしょう」と思っていたでしょう。

この戦争、最終的にはフランスが勝つのですが、実は最初はイギリスが非常に優勢だったのです。ほとんどフランス全土を席巻してしまうかという勢いだったのですが、ある時それを一発逆転するきっかけを作った女の子が登場します。それがみなさんご存知かと思いますが、「ジャンヌ・ダルク」です。英語では、"Joan of Arc" といい、「ジャンヌ・ダルク」はフランス語読みです。イギリスに行き、「ジャンヌ・ダルク」と発音して話しかけるとみんなむっとした顔をします。イギリスの劇作家「シェイクスピア」が「ジャンヌ・ダルク」のことを「悪魔の少女」と呼んでいたことからも分かるように、イギリスの中で「ジャンヌ・ダルク」というのは一種の禁句みたいなものです。この戦争においてイギリス軍大敗の原因は「ジャンヌ・ダルク」の存在だったとも言えますので、これは無理もありません。

この「百年戦争」というのは、そのような形でイギリスが負けたのですが、きっかけはフランス王の跡目がいなくなり、その座を争ってイギリスの王族まで含めて大騒ぎになったというところにあります。イギリスは敗戦当時、「プランタジネット朝」から次の「ランカスター朝」に移っていましたので、2つの王朝にかけて行われた戦争だったわけです。百年間も莫大な戦費を使い、沢山の人を殺して、結局フランスの領地をほとんどなくしてしまったので、イギリスにとっては苦い歴史というわけです。最後に残ったのは、「カレー」というイギリスから船で行くときに着くフランス側の場所で、そこだけが少し残っただけで、後はすべての領土を失ってしまいました。百年戦争をたった3分で話してしまって非常にもったいない気はしますが、実は色々な話がこの戦争にはあるのです。それについては、どこかの機会に譲ることにします。

次は「薔薇戦争」についてお話します。「薔薇戦争」というのは、「ランカスター朝」になった際、「ヨーク家」というファミリーが現れて、この「ランカスター家」と「ヨーク家」が覇権争いをしたというのが「薔薇戦争」です。これは「百年戦争」より短く、数十年という規模だったわけですが、それでも長いです。「ヨーク家」は白薔薇の紋章を持ち、一方「ランカスター家」は赤薔薇が紋章だったので、薔薇と薔薇との戦い、つまり「薔薇戦争」と言われるようになりました。

この時代の途中、「ヨーク家」に主力が移ったため、王朝名が一旦「ヨーク朝」になりましたが、最後的にランカスター家一派の「ヘンリー・テューダー」という人物が勝ち、再度ランカスター側に主力がふれました。しかし、このままではヨーク側と何らかの争いが起こってしまいます。この「ヘンリー・テューダー」は偉く、両方の政略結婚で両家をまとめ、王朝の名前も変え「テューダー朝」という形にしたのです。結果、ここから安定した時期が始まっていくわけです。
しかし、この「薔薇戦争」の時代は本当に血生臭い時代であり、おそらくイギリスの歴史を見ていて、一番血生臭い話がたくさん出た時代になります。例えば中国で言えば、三国志時代の殺し合いを見ているようなものです。実はこの時代こそ、「シェイクスピア」が最も好んで描いた時代なのです。シェイクスピア自体は「テューダー朝」時代に活躍した人ですが、その一つ前である「薔薇戦争」時代を描いたわけです。次回は「テューダー朝」の話に移り、みなさんがよく知っている「エリザベス1世」の話に移っていきたいと思います。この時代までは、イギリスという国はヨーロッパにおいて「超大国」という存在ではありませんでした。大フランク王国もあり、フランスの方が「大国」でした。これ以降、少しずつイギリスが大きくなっていきますので、次回からは、もう少しスケールの大きな話ができると思います。

今日のまとめです。「百年戦争」はフランスとの近親憎悪の戦いで一番最たるものだったということ、またイギリスが「テューダー朝」として大国になる前の戦乱、つまり「薔薇戦争」というのがあり、これが血生臭い仲間割れの時代だったということ、この2点についてお話しました。

分野: 異文化コミュニケーション |スピーカー: 鈴木右文

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