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QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > イギリスの歴史(11):プランタジネット朝(アイルランドとウェールズ) (英文法理論、コンピュータによる英語教育/鈴木右文)

イギリスの歴史(11):プランタジネット朝(アイルランドとウェールズ)

鈴木右文 英文法理論、コンピュータによる英語教育

13/12/26

今日は、イギリスの歴史シリーズになります。
前回は「プランタジネット朝」という時代の中でも周辺国の一つである、「スコットランド」についてお話しました。イギリスには、「イングランド」と「スコットランド」の他に、「ウェールズ」と「北アイルランド」という地方があります。今日はその「北アイルランド」と「ウェールズ」のお話を簡単にしようと思っています。本当は、「アイルランド」も「ウェールズ」も、ボリューム的には色々とお話しできる事があるのですが、本命がイングランドの話なので今日はちょっと寄り道という感じですね。

まず、「アイルランド」からお話したいと思います。
現在のイギリスにおける4大地方の中の一つである「北アイルランド」は、アイルランド島北部の地域を指します。今日お話するのはアイルランド全体についてです。イギリスの中で、「イングランド」と「スコットランド」、「ウェールズ」が入っている島を「グレートブリテン」と言います。そして、その横にある小さい島がアイルランド島になります。こちらはいつ起こるともなく、昔から小さな王国が集まっており、お互いに攻め合ったりいがみ合ったりして、主導権争いをしていました。日本でも弥生時代などはそうでしたが、ヨーロッパではそういった国が多いです。このアイルランド島の大まかな歴史ですが、「プランタジネット朝」の時代になった時、アイルランドのある国の王様が、イングランドの王様に「手助けをして欲しい。軍隊を派遣してくれ。」とお願いしたことをきっかけに、イングランドが攻め込んできて、アイルランドを支配するようになってしまったというのが一番の大元になります。戦いが外の人達と行われたのは、9世紀頃であり、相手はヴァイキングでした。そのときは、最終的にアイルランドがヴァイキングに勝ったのですが、「プランタジネット朝」の時代にはイングランドの侵入を許し、それを排斥することができず、残念ながら支配されるという形になってしまいました。どのくらい支配されたかというと、プランタジネット朝の時代で言えば、大体アイルランドの半分程度をイングランド人が支配しました。イギリスの貴族の人達も入ってきて、住み替えをして、アイルランドに移ってきて支配していきました。プランタジネット朝までの歴史を簡単におさらいするとこのようなものになります。これから後の話は、また時々出てくると思います。
皆さんご存知の通り、北アイルランドといえば、「IRA」というテロ組織のことが記憶に新しいと思いますが、その話も今後していくと思います。楽しみにしていてください。

次に「ウェールズ」についてお話します。
地理的には、グレートブリテン島の左側に出ているコブのところに位置します。左下の長靴の先の方は、また別のコーンウォールという地方なのですが、そのひとつ上に出ているコブの部分がウェールズです。日本ではウェールズってあまりなじみがないかと思います。
犬が好きな人だと、知っている人はどこかで聞いたことがあるかもしれません。というのも、「コーギー」という犬がいますが、正式には「ウェルシュ・コーギー・ペンブローク」というのですね。これは「ウェールズのコーギー」ということを意味し、最後の「ペンブローク」は地方の名前を表しています。
ウェールズは、言語的にもゲルマン語系の言語ですので、イングランドに民族的にも言語的にも近いのですが、元々はイングランドで主流になった人達とはちょっと違う毛色の民族になります。元は「ケルト人」が入ってきており、「アングロサクソン系」のイングランド人とは最初の出だしのところが違うのですね。今でも「ウェールズ語の復興運動」というのが叫ばれているところで、イングランドに対する対抗意識というのがあります。
ウェールズは、プランタジネット朝の頃、やはりイングランドに攻め立てられ、事実上、組み入れられてしまっています。その前の時代は、アイルランドと同様小さな王国があり、お互いに争っていた時代でした。しかし、ウェールズはかなり早くからイングランドから攻め込まれ、プランタジネット朝の時代になって一進一退を繰り返した後、最終的にほとんどが「プランタジネット朝」に組み込まれてしまいました。ここで有名な話ですが、イギリスの王室の王太子、つまり次に王様になる人のことを「プリンス・オブ・ウェールズ」と呼びますよね。その理由は、このウェールズの歴史にあります。「プランタジネット朝」の時代、ウェールズを支配するとともに、地元の王様をウェールズ地方の「プリンス」とするようイングランド側が指定したのです。それがやがて、自分の息子をその地位につけて支配を強めるということを始め、そこから後ずっと歴代イギリス王室の王太子、つまり次期王が「プリンス・オブ・ウェールズ」と言われるようになったのです。ちなみに、「プリンス・オブ・ウェールズ」は、ウェールズの「カナーヴォン城」という城に行き、わざわざそこで就任式をするのです。大変ですね。

では今日のまとめです。「アイルランド」は、まずイングランドを呼び入れてしまったので、イングランドに統合されてしまいました。「ウェールズ」はイングランドから少しずつ攻め立てられ、最終的に支配されました。そして最後に「プリンス・オブ・ウェールズ」の由来をお話しました。

分野: 異文化コミュニケーション |スピーカー: 鈴木右文

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