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QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > 知的財産権(5)「特許重視政策と特許紛争」 (技術経営、科学技術政策/永田晃也)

知的財産権(5)「特許重視政策と特許紛争」

永田晃也 技術経営、科学技術政策

13/11/27

前回は特許制度の国際的なハーモナイゼーションについてお話しました。各国の出願基本原則や特許期間などの制度的な枠組みは、国際的な協議を経て次第に統一されてきたわけですが、一方、特許制度を科学技術や産業を振興する上でどのように活用していくのかに関する政策は、国ごとに異なります。そのことが、企業間の国境を越えた競合関係において特許紛争を激化させる要因にもなります。今回は、この問題を取り上げてみます。

 米国の政策は、企業間の国際的な特許紛争に大きな影響を及ぼしてきました。米国は、1970年代の末から新たな特許重視政策--プロパテント政策と呼ばれることがあります--の時代に入ったと言われています。特許制度を憲法によって根拠付けていることが端的に示しているように、もともと米国の政策は特許を重視する傾向を強く持ってきたのですが、この頃、日本企業の国際競争力が次第に台頭してくる中にあって、米国産業の優位性が脅かされるようになったことを背景として、特許政策は産業競争力の回復を目的とした国家戦略としての性格を明らかにするようになります。
 このため1980年代以降は、特許政策と通商政策の連携が強化されます。例えば1988年代に発効した包括通商競争力法には、知的財産権を侵害する国を特定し、通商制裁を加えることを定めた「スペシャル301条」が盛り込まれることになります。米国の通商代表部は、その調査と制裁決定に当たることになりました。
 これより先、1982年には、特許関係の紛争を扱う控訴裁判所(CAFC)が設立されていました。これ以後、特許侵害が認められるケースが増加し、賠償金額も上昇したと言われています。

 このような特許重視政策を背景として、1980年代には米国企業が日本企業を相手取って特許侵害訴訟を起こすということが相次いで発生しています。中でも、日本企業に衝撃的な印象を与えた事件として、米国企業のハネウェルが、1987年に日本のカメラメーカーであるミノルタを提訴した事件を挙げることができるでしょう。この訴訟は、ミノルタが1985年に発売したα7000という一眼レフ・カメラのシリーズに登載されていた自動焦点機構が、ハネウェルの技術を侵害しているとして起こされたものです。
 この訴訟の経緯については、メディアに大きく報じられましたし、特許に関する様々な文献に取り上げられていますが、結局、1992年に連邦地裁における陪審評決は、ミノルタに9,635万ドルもの損害賠償を命じるものになりました。同年、ミノルタは、この損害賠償金に、以後の特許使用料などを上乗せした1億2,750万ドルを支払うことで和解したということです。
 この結果は、両社の財務上の明暗をはっきりと分けることになりました。ミノルタの経常利益は、91年3月期の46億6,000万円から、92年3月期には84億7,000万円の赤字に転落し、一方、ハネウェルは92年第一四半期決算の純利益のうち9割以上を和解金収入によって稼ぎ出したと伝えられています。
 ところで、ハネウェルはカメラを製造していたこともあったようですが、この当時、制御機器を主力事業とするメーカーでしたから、ミノルタの新製品によって自社事業の利益が損なわれる可能性はほとんどなかったわけです。それだけに、この事件は日米の企業に対して、特許はそれ自体、巨額の利益をもたらし得る資産になるという強い印象を残すことになったと思います。また、従来、日本企業は、しばしば特許戦略における脇の甘さを指摘されることがあったのですが、90年代以降、大企業では次第に特許戦略に対する組織的な取り組みが強化されるようになりました。さらに日本の政府も、米国に20年近く遅れて、特許を重視する政策指向を打ち出すに至りました。

 しかし、国が特許政策を重視し、企業が特許戦略を強化するという傾向は、そもそもイノベーションに基づく競争優位の確保という目的から見て、正しい選択肢なのでしょうか。次回は、この点について考えてみたいと思います。

今回のまとめ:米国政府の特許重視政策を背景として、80年代以降、特許紛争が頻発するようになり、日本企業にも特許戦略の重要性に対する認識が高まりました。

分野: 知的財産 |スピーカー: 永田晃也

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