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QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > 村上春樹現象2 (マーケティング/出頭則行)

村上春樹現象2

出頭則行 マーケティング

13/08/20

今日は前回に引き続き、ベストセラー作家「村上春樹さん」についてお話します。

前回は、村上春樹が「グレート・ギャツビー」を書いた「フィッツジェラルド」に影響を受けている部分もあるのではということで、彼の作品とグレート・ギャツビーの共有点という観点からお話をしました。一方で、そのような共通する点もあれば、もちろん違う点もあるのです。その違いを明らかにすることで、より深く「村上春樹現象」、すなわち、純文学系の村上春樹が数百万部もの本を書いている、そしてその中でも、30代の読者に多く受け入れられている、その理由が分かるのではないかと思うので、何が違うのだろうということから始めたいと思います。

「グレート・ギャツビー」という物語は大変な悲劇です。アメリカンドリームを体験した人間が、その夢を掴んだ途端に、その夢自体に裏切られてしまうという完成された悲劇なのです。概ねアメリカンヒーローの話は完成された悲劇であることが多いのですが、ギリシャ悲劇のように、完成された悲劇なのです。一方、村上春樹の小説というのは常にパタッと途中で終る感じがします。表現が難しいですが、終り方が「通常の完結」のような終わり方ではないのですね。最新作の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」に関しても、色彩のない多崎つくるが色彩を受け入れようとするところで話が終っているのです。色彩がない、受け身だった主人公が世の中に深く関わることを決意するところで終っています。

村上春樹作品に出てくる主人公というのは、「家族臭」がありません、「兄弟が沢山いる」という人ではないですね。それから、友達がいないのです。概ね親友と呼ばれる人はおらず、打ち明け話ができる人がいないというのが多いです。だからといって反社会的ではありません。主人公が学生のケースと職業人のケースとがありますが、後者で言えば、真面目に仕事をし、朝遅刻しない。朝起きれば歯を磨き、夜寝る前は風呂に入る。そういう意味では、人生が結構ルーティン化しており、社会のルール違反しないような主人公が多いです。しかし、アンチソーシャルではないのだけれど、社会に対して開かれているかというと、そういう主人公ではないのです。社会に対してはどちらかというと、関わりを持たない。自分の中にどんどん埋没していって、極めて引っ込み思案で、積極的に世の中と関わりを持とうとしないという人間が多いのですね。英語でいうと、"anti social"ではなくて"asocial"、"反社会的"ではなく、"非社会的"なのです。その非社会的な人間が、即ちあまり積極的に関わらない人間が、物事に関わろうとするところで大体小説が終ります。
この点は、「フィッツジェラルド」の作品と本当に違うところです。フィッツジェラルドの話は完成していて、これ以上付け加えられません。一方、村上春樹の作品は、世の中に関わらなかった主人公が関わっていくところ、あるいは、愛着を持つようなところで大体終わり、愛着を持つ、例えば結婚したならばコミットメントが必要になってくるのですが、「どうコミットしたらいいか。」というところまでは書かれていません。
恐らく、これだけ広範な読者層を有しているというのは、今の30代の人たちの「成熟に対する怯え」のような気持ちが、作品中で丹念に書かれているからじゃないかなと思います。大人になることを拒否している。あるいは、大人になることに対して躊躇している。大人としてのコミットメントというものに対して非常に怯えていて、その心持を丹念に書いている。それをストーリーにしているのが村上春樹ではないかなと私は思います。
そんなストーリーの本が450万部も売れてしまうことが意味すること。それは、「自分は普通に生きている。普通に仕事もしている、あるいは普通の学生だけれど、何か世の中にしっくりしていかず、何かうまくいかない。」「自分の中に埋没してしまっていて、そんなに積極的に世の中に関わっていけない。何故だろう。自分には何か問題があるのではないか。」そのように思っている人が、如何に多いかということを意味していると思います。
言い換えれば、村上春樹の小説に出てくる主人公に自分を重ね合わせる人が多く、「自分のために書かれた。」「自分の気持ちをよく分かっているな。」というような読者も非常に多く、それによって所謂「村上春樹現象」というようなものが起きているのではないかと思うわけです。

2回にわたりお話した「村上春樹現象」。作家・村上春樹がこれだけ沢山の読者、しかも30代を中心に受け入れられているこの現象について解説してきました。
改めてこの2回分のまとめをします。
「現象」と言われる程のことが起きているのは、少子化ということもあり、子供の数が少なくなっており、とても大事に育てられていて、その30代や20代の後半の人たちの「成熟に対する怯え」、あるいは「大人になることへの怯え」というようなことを丹念に書いているからであると思っています。村上春樹は「大人の怯え」を書いている。それが「現象」の裏側にあると思います。

分野: マーケティング |スピーカー: 出頭則行

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