QT PRO モーニングビジネススクール

QT PRO
モーニングビジネススクールWeb版

FM FUKUOKAで放送中「QT PRO モーニングビジネススクール」オンエア内容をWeb版でご覧いただけます。
ポッドキャスティングやブログで毎日のオンエア内容をチェック!

PODCASTING RSSで登録 PODCASTING iTunesで登録 電子書籍で記事を読もう! EPUB

ブログ&ポッドキャスト詳細

QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > マーケティング1960-1970年代 (マーケティング/出頭則行)

マーケティング1960-1970年代

出頭則行 マーケティング

13/07/31

昨日に引き続き、これから3話にわたって、日本のマーケティング史を概観します。
2回目の今日は、1960年から80年代の20年間についてお話します。明日が1980年代から2000年までの20年間。明後日が2000年から現在まで。この3期に分けてお話しします。

今日は、1960年から80年代ということで、ラジオパーソナリティーのこはまさんにご協力頂きます。
前回、この時代の「F1M1(=20代から34歳の男女)」という話をしました。ですから、その「F1」の人たちってどんな心のつぶやき、心象風景を持っているのだろうか、その世代にあたるこはまさんに話して頂いて、それをもとにこの時代をまとめたいと思っています。

〈こはまさん〉
私は、アメリカのホームドラマ「パパは何でも知っている」や「奥様は魔女」に映し出される電化製品、こども部屋やキッチンに代表される生活様式に憧れます。アメリカの生活水準に追いつけぬまでも、彼らが所有しているものを所有し、彼らのように人生を楽しみたいと思っています。夏は芋を洗うように混雑する都心近くの海水浴場で泳ぎ、日曜日一日を目いっぱい使って遊ぶ。冬は汽車で1泊2日のスキー旅行。行きも帰りも列車内はスキー道具と同年輩の若者たちで溢れ返っている。私は人ごみが好きです。人の波の中でこそ私は、同じ時代の空気を吸う仲間に囲まれているような一種の安心感に満たされます。ヒット映画やテレビ番組は、私にとって必見であり、流行の商品やファッションにも、注意を怠りません。

〈出頭先生〉
ありがとうございました。このような心象風景、心のつぶやきのあるF1層なのですが、1960年というのは日本でインスタントラーメンが生まれた年なのです。インスタントラーメンは世界に誇る日本オリジナルのマス商品です。マスで製造して、マスで売る。そんなインスタントラーメンの誕生の年が1960年です。また、60年代の初期には「3種の神器」という言葉が流行りました。天皇家に伝わる神器を模して、「3種の神器」と言われていたのですが、あらゆる家庭が揃えたいものがあって、それが「白黒テレビ」「冷蔵庫」「洗濯機」でした。この時代、これら3つはあらゆる家庭が必ず持ちたいと願い、また、この頃はこれらを持てるようになった時代でもありました。時は移り60年代後半には、その「3種の神器」は「"新"3種の神器」になりました。"3C"と呼ばれた「カラーテレビ」「クーラー」「カー(車)」です。この時代は、皆同じようなものを持ち揃えていた時代なのです。

テレビ番組に目を移しますと、1960年から80年代の紅白歌合戦ですが、視聴率が70パーセントを下回ったことが1度もありません。現在は、50パーセントを取るか取らないかというわけですが、当時は70パーセントをはるかに超えていました。1963年には81.4パーセントという信じがたい視聴率を取っています。また、この年、水前寺清子さんらが出演していたTBS系の「ありがとう」という番組はテレビドラマとしては異例の56.3パーセントという視聴率を記録しました。その他、スポーツに目を向ければ、ボクシングのファイティング原田さんの世界戦も軒並み50パーセント超えていました。1980年にはテレビの普及率は98パーセントとなっており、飽和状態にありました。この時代を大きく見ると、みんなが同じものを買って、みんな同じような番組を見ていたということになります。「人並み」が時代のキーワードです。

その頃のヒットコマーシャルを幾つか引用します。「当たり前田のクラッカー」「私にも写せます」(カメラ)「じっと我慢の子であった」(インスタントラーメン)「大きい事はいいことだ」(菓子)。紹介したこれらのキャッチフレーズから想定されるのは、ターゲットが特定の層に限られておらずマス(大衆)を対象としていることです。即ち、当時はマスに対してキャンペーンが行われていたということです。ですから、マーケティング的には、「シェアオブボイス(Share of Voice)」指向で、大きな声で目立つことを言うというのが、キャンペーンの手法だったと思います。つまり、目立たないと駄目で、広告を競い合って、目立った方が勝ちであったわけです。広告もキャッチーなものや耳に訴えるもの、単純に分かってしまうものがヒットしていたと思います。

今日のまとめは一言、「1960年、1980年代はマスマーケティングの時代である。」ということです。

分野: マーケティング |スピーカー: 出頭則行

トップページに戻る

  • RADIKO.JP
  • ビビックスマホ