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QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > イギリスの歴史(7):ノルマン王朝 (英文法理論、コンピュータによる英語教育/鈴木右文)

イギリスの歴史(7):ノルマン王朝

鈴木右文 英文法理論、コンピュータによる英語教育

13/06/07

イギリスの歴史シリーズ7回目の今回は、ノルマン朝についてお話します。

前回のシリーズでお話した「ノルマン大征服」の直後、ノルマン朝という王朝ができました。基本的に王様の血筋は、そこから現代に至るまでずっと続いているのです。その前の時代は、ノルマン人以前の侵略民族が次々にやってきた時代です。ケルトから数えるとローマの時代、アングロサクソンの時代、そしてバイキングが入ってきた時代、そういった時代がノルマン大征服の前の時代ということになります。

1066年のノルマン大征服以降にできた「ノルマン朝」は、イギリスの歴史上、最初の王朝といってもいいでしょう。すなわち、現在まで続く一連の王様一族の中で、最初の王朝であると言えます。この後、名前は色々と変わっていきますが、それはある方の血筋が絶え、家系図を辿り、枝分かれの方にいくという形で名前が変わるだけで、実際は初代「ウィリアム1世」という王様の血がずっと繋がっていることになるわけです。
最初の王朝である「ノルマン朝」は、ノルマン人により開かれました。つまり、北欧やデンマーク近辺からやってきた、バイキングの一派と言えるノルマン人たちがフランスで王様に仕える貴族となり、その後、イギリスに攻め上がり、イギリス人を打ち負かせて開いた王朝こそ「ノルマン朝」であると言えます。ノルマン朝以前の時代、イギリスでは、元々その地にいたアングロサクソン人と、攻め込んできたバイキングが、跡目争いをしていました。その最中、フランスのノルマン地方からやってきた、「ウィリアム1世」をはじめとするノルマン人たちが、最後に王座を射止めたという形になるわけです。今日は、ノルマン朝はどういう風にして、支配の構造を作っていったかというお話になります。

一番大きいのは「封建制」というものの存在です。色々なところで耳にする言葉で、所謂社会の中に「階層構造」をつくるわけなのです。もちろん、王様が頂点になり一番下が土で汗して働く方々なのです。その間にも上下関係が存在します。王の下に貴族、貴族の下に貴族に使えるナイト、日本語で言う騎士と言った具合に、大まかに4つ程度の身分に分けて、それぞれ上下関係を作っています。そして、「上は下にこういうことをし、その代わりに下は上にこういうことをしろ。」という約束事が出来、それをキチンと守らないと首が飛ぶ、というような支配の仕方をするわけです。逆に言うと「これをしてやるから、その代わりにこれをしろ。」という契約社会でもあるわけです。元々考えてみると、ノルマンディ地方からイギリスに攻め上ってきた人たちというのは元々同じノルマン人で、同じようにフランスの国王に仕えていた身分なわけです。そのノルマン人たちの中でたまたま勢いがあった者が王に付いたというような格好なので、イギリスで王朝を作り、上下関係が存在したといっても、「この王様は、元々自分たちの仲間だったようなものだよな。」ということになります。なので、当然日本の戦国大名のような、強い上下関係というものとは少し違うのです。ノルマン朝における上下関係は最初から、「これをしてやるから、代わりにこれしろよな。」という契約関係で始まっているようなものだと言えると思います。このことから、この後のイギリスの歴史で「王様の言葉に絶対服従、家臣は全く文句を言わない」という形でなく、色々な反乱が起きました。或いは議会というものもイギリスが初めて作ったとも言えます。そもそも議会は、王様が色々横暴を振るうため、皆で話し合いをして「さすがにこれは駄目なのでは。」と王様に突きつけようという動きが「議会」という形で結実しているわけなのです。そのような動きを見せたということも、日本の戦国大名が存在した時代とは、全く違うことなのです。このような形を始めてしまったものこそ、「封建制」と言えるかと思います。これは荘園を作り農業生産をし、貴族は他の人に働かせて食べていくというような形になるわけです。そして王様が、例えば戦争を起こすと貴族はその戦争に参加しなくてはいけない。というような形になるわけです。その「封建制」を敷く上で身分制度、契約環境をきちんと整えるのは勿論大切なことですが、日本でもやったように、その土地の台帳を作ること等がとても大切なのです。それまでの時代では大雑把にやっていたかもしれないことを、台帳を作りきちんと把握し、税収もきちんと取る、そのような近代的な行政の在り方というものが始まったということなのです。前の時代にいた、アングロサクソン人達は、残念ながら殆ど壊滅状態で、ノルマン人という当時フランス語を話していた人たちがイギリスの近代王朝を作ったのです。ところがこの時代というのは、中々うまくいかず、ノルマン朝の王様は後のイギリスの君主になるわけですが、フランスに行くと、フランス王に仕える身分でもあるわけです。王様が自分の子供たちに領土を残すのに、フランスとイギリスに分けて領土を分けてしまい、その後大変なことになりかかったのです。それにより、またノルマン朝が崩壊しているのですが、その辺りのことを次回お話します。

本日の話をまとめます。イギリスの近代王朝、その始まりが「ノルマン朝」だということ。そして「封建制」を作り、その支配をがっちりと固めようとしたということ。そして、残念ながら身内の争いでノルマン朝も内紛を起こして終ってしまうという運命になったということをまとめとして掲げておきたいと思います。

分野: 異文化コミュニケーション |スピーカー: 鈴木右文

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