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QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > 戦後の為替の推移 (経済予測、経済事情、日本経済、経済学/塚崎公義)

戦後の為替の推移

塚崎公義 経済予測、経済事情、日本経済、経済学

13/05/08

今回は、戦後の為替相場の歴史について御話しします。終戦後まもなく、日本は固定相場制を採用しました。これは、政府が1ドルを360円と決めるものです。売り注文と買い注文の量が違う場合には、差額については政府が取引に応じる、という事になっていました。
戦後間もなくは、日本中が焼け野原で輸出できるような物は無かった一方で、復興のために大量の資材を必要としましたから、ドルが不足していました。高度成長がはじまると、輸出できる品物は増えて来ましたが、一方で輸入したい原材料なども増えて来たので、引き続きドルが不足していました。
高度成長期の後半になると、ようやく輸出産業が育ち、日本経済はドル不足から解放されました。戦後間もない頃に決められた1ドル360円というレートは、焼け野原だった日本経済にとっては厳しいものでしたが、経済成長を遂げた日本にとっては充分に余裕のあるものとなり、むしろ貿易黒字の大きさが問題とされるほどになっていたのです。
高度成長期の末期である1973年に、固定相場制から変動相場制に移行しました。ドルの値段は、政府が法律で決めるのではなく、市場で決めることになったのです。すなわち、ドルの売り注文が多ければドルの値段が下がり、買い注文が多ければドルの値段が上がる、という事です。
その後、1995年まで、短期的な上下はありましたが、大きな流れとしてはドルが安くなる、つまり円がドルに対して高くなる傾向が続きました。
変動相場制の国では、ドルの値段の決まり方は複雑ですが、最も基本的なことは、日本の貿易収支が黒字だと、輸出企業が海外から受け取ったドルを売るため、ドルが安くなる、という力が働くことです。
安定成長期以降の日本は、一時期を除いて米国よりもインフレ率が低かったので、時間とともに自然と日本製品の競争力が高まっていきました。また、日本の製造業は、高度成長期には量の拡大を目指していましたが、安定成長期にはいると質の高さを追及するようになりました。そこで、世界中から日本製品を求められるようになりました。こうして日本は貿易収支の黒字を続けたのでドル安円高が続いた、というのが大きな流れでした。
この間の大きな動きとしては、1985年から88年にかけて、急激で大幅なドル安円高が進んだという事です。きっかけは1985年のプラザ合意で先進国がドル安を目指すと決まった事でしたが、実際には各国が目指したよりも遥かに大幅なドル安が進んだのです。
急激で大幅な円高により、日本の物価が安定したことから、景気は良かったのに金融が緩和されたままでした。それが、バブルの一因となったということで、日本では記憶に残る出来事となったのです。
プラザ合意後の急激な円高は、日本経済に今一つの大きな変化をもたらしました。それまで日本の輸入は原材料など、国内で作れないものが中心だったのですが、円高になったことで、外国からの製品の輸入が増えました。また、日本の製造業が海外に工場を作る動きも本格化しました。今では、アジア諸国を中心として、大量の製品類が当然のように輸入されていますが、製品輸入が急に増えたのは、プラザ合意の後だったのです。
1995年以降も、日本の貿易収支は黒字を続けました。2011年に原発事故が起きて以降は貿易収支が赤字になりましたが、それでも海外から受け取る利子などを含めた経常収支という統計は今でも黒字を続けています。これは、日本人が外国から受け取ったドルを売っている事を意味しています。したがって、本来ならば円高が続いていても不思議ではありません。
しかし実際には、1995年以降の為替レートは、特に方向性を持たずに、ドルが高くなったり安くなったりしているのです。この間、最も大きな影響を与えたのは、日本の貿易収支や経常収支ではなく、米国の景気でした。米国の景気が良くなると、米国の中央銀行であるFRBが金融を引締めるため、米国の金利が上がります。そうなると、日本の投資家が円をドルに換えて米国の国債を買います。こうしてドル買い注文が増えるので、ドルが高くなるのです。リーマン・ショック前は、こうしてドルが高くなっていましたが、リーマン・ショック後は一転して米国のFRBが金融を緩和したため、資金の流れが逆になり、ドル安円高となりました。
これまで、戦後のドルの値段の歴史を振り返って来ました。長い期間を大きな眼で見れば、今御話ししたような理屈でドルの値段は動いているのですが、短期的な値段の動きは理屈では説明できない事も少なくありません。それは、「皆が安くなると思えば皆が売るから実際に安くなる」といった事が頻繁に起きるからです。したがって、今日の御話しは、あくまでも長い眼で見た大きな動きについてであるという事を覚えておいて下さい。

分野: 景気予測 |スピーカー: 塚崎公義

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