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QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > 中国⑨東北地方 (企業財務 M&A/村藤功)

中国⑨東北地方

村藤功 企業財務 M&A

13/03/08

中国の東北地方は誰のものか、またそもそも、中国とは何かという問いがあります。今では全人口の90%を占める漢人のものといえるかもしれませんが、モンゴル帝国の頃までさかのぼると、中国を支配していたのはジンギスカンやフビライカンなどのモンゴル人でした。その後の清を建国したのは、満州人です。彼らは東北地方を神聖視し、漢人を入れようとしませんでした。その頃の東北地方にはもっぱら満州人が居住していたのです。

しかし私が東北地方にいる間、満州語を話す人と会うことは一度もありませんでした。これは、漢人による漢語を話させる教育によって、満州語を話す人びとが少なくなっていったことが原因です。既に満州人は、清の時代に南下し、中原以南の漢人たちと文化的に混ざっていっていました。その後、ロシアや日本へ対抗する必要上、漢人が東北地方へやって来ます。ロシアは満州人の地に南満州鉄道を建設しますが、イギリスと組んだ日本が日露戦争でロシアを追い払い、満州国を建国します。第二次世界大戦後は日本が撤退しますが、日本と不可侵条約を結んでいたロシアが攻めてきたり、国民党と共産党の内戦が起こったりします。共産党はロシアとの交渉の末、現在の満州のみを取り返し、外満州と呼ばれるハバロフスクやウラジオストクを含む広大な地域はロシアの手に残ります。これらは、17世紀のネルチンスク条約では中国のものだったのですが、19世紀のアイグン条約や北京条約といった不平等条約によって、ロシアのものになってしまったのです。第二次世界大戦中、日本は東南アジア方面を攻めていきましたが、これはロシアと戦ったら負けたのでの北をあきらめて南へ向かったのです。このように、東北地方では様々なできごとが起こってきましたが、もともといた満州語を話す満州人は、今はほとんどいません。

日本が満州だけでなく北京や上海へも向かいはじめたので、漢人も黙っていられなくなりましたが、満州だけに留めておけば、今なお満州国は存在していた可能性もあります。日本の友好国の3分の1は満州国家を承認していましたし、各国との取り合いの末に日本が勝ち取っていてもそこまでおかしくはなかったのです。しかし一方で、ほとんどの人びとが反対していましたから、今も未だ居座っていられたかどうかは、本当のところわかりません。

さて、中国は、世界の工場から世界の市場へ変わって行っているところです。沿海州の人びとがお金を持つようになったため、日本のものを買い始めました。日本は、以前は港を持つ海岸沿いの地域で製品を組み立てて持ち帰っていましたが、これからは中国で中国人が欲しがるものを売っていかなければなりません。日本の企業の多くが上海や大連にありますが、これからはマーケットのど真ん中、ロジスティクスがそろっているところに進出する必要があります。それは遼寧省の場合、大連でなく私が現在滞在している遼寧省の省都である瀋陽です。大連と瀋陽を一時間半で結ぶ高速鉄道が、1、2ヶ月前にできたばかりです。これまでは、大連から瀋陽やハルビンへ行くのに五時間くらいかかっていましたが、今ではそれぞれ一時間半程度で行けるようになりました。九州の企業の皆さんへは、大連から瀋陽へ向かうことをお勧めします。これからは瀋陽が熱いです。

分野: 財務戦略 |スピーカー: 村藤功

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