QT PRO モーニングビジネススクール

QT PRO
モーニングビジネススクールWeb版

FM FUKUOKAで放送中「QT PRO モーニングビジネススクール」オンエア内容をWeb版でご覧いただけます。
ポッドキャスティングやブログで毎日のオンエア内容をチェック!

PODCASTING RSSで登録 PODCASTING iTunesで登録 電子書籍で記事を読もう! EPUB

ブログ&ポッドキャスト詳細

QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > イギリスの歴史(3) (英文法理論、コンピュータによる英語教育/鈴木右文)

イギリスの歴史(3)

鈴木右文 英文法理論、コンピュータによる英語教育

12/07/27

前回はケルト人達がイギリスに入って来て、その後ローマ人が来たというところで終わったので、今日はローマ人達、出来ればその次に入って来たゲルマン人達へと話を進めていきます。
  
  
  
ローマ人はおよそ紀元前1世紀、正確に言うと紀元前55年に来ました。この時はシーザーという人が率いて来たという話をしましたが、西暦410年に撤退するまでのかなり長い間いて、その間にイギリス、特にイングランドに大きな影響を残しています。

例えば、「全ての道はローマに通ず」という言葉にも関係していますが、ローマ人は軍事目的で街道を整備したと前回話しました。その他ローマ人によってイギリスにもたらされたものにローマ法があります。私は法律専門家ではありませんがローマ法といえば有名で、その法律の体系がイギリスの中に輸入されて来たということが1つあります。
 

 
それから、イギリスはその当時農耕がだいぶ始まっていましたが、イタリアの南方(当時はローマ)から、新しい食物が持ち込まれました。以後色んな産物が取れるようになったということが挙げられます。

他にも、イギリスの家屋というのはそれまで土の壁で出来たような物が多かったのですが、ローマ人の影響で石材の家屋というのがポピュラーになりました。

また、ローマの軍事施設としてあちこちに砦が出来て、その砦の事をローマの言語で言ったものを今の英語に直すと~チェスターや~カスターと言い、その名のつく土地には今でもローマの時代の遺跡がたくさん残っているので観光資源には事欠きません。いわゆるコロッセウムなどというもののミニチュア版が残っていたりするという話も、前回したかと思います。
 

 
そしてもう1つ忘れてはいけないのは、浴場の文化がもたらされたということです。よくローマの人達が浴場でお風呂に浸かりながら政治の話をしているようなドラマを見たことがあるかもしれませんが、そういう浴場の文化がイギリスにももたらされました。

実はお風呂という意味の"Bath"、そういう名前の都市がイギリス、イングランドの中にあります。これは世界遺産になっているのですが、そこに大きなローマの浴場の跡が残っていて、博多にも随分あちこちにスーパー銭湯がありますが、それよりも遙か大きく、こんな凄い施設なのかという物凄い施設です。これなら3,000円払っても入ろうかというくらい素晴らしい施設ですが、今は博物館になっています。
 

 
そういったものがもたらされたことは大きいでしょう。ただしイギリスは何処を掘っても温泉が出るというわけではなく、たまたまバースという所で出たのでそこに大きな物が出来、周りにあちこち出来たというわけではありません。

あちこち砦にもお風呂の跡が残っていたりするので、ただお湯を沸かして使うぐらいはやっていたようですが、他にはイギリスの小さなハロゲイトという町を中心にいくつかしかお湯が沸いていません。だからイギリス人は全員が温泉好きという訳ではなく、日本に連れて来るとハッキリ温泉は嫌だと言う人と逆に喜ぶ人の二手に分かれるようです。
 
 
 
そしてローマは本国の方が危なくなってきたので、イギリスに関わっている場合ではなくなって410年に撤退することになりました。

その後5世紀あたりにやって来たのはゲルマン人で、彼らは今で言うドイツやデンマークあたりから来た人達です。ただゲルマン人と言っても色んな種族があり、一番有名なのはアングル族とサクソン族で、これらが代表的なので合わせてアングロサクソン人というふうにいう訳です。

このアングルというのはイングリッシュの語源で、「アングル人の土地」でアングルランド、イングランドとなっているわけです。彼らはそのぐらい重要な人達なのですが、結局イギリスにいる人達の血というのはこのアングロサクソンの人達と、そして外からやって来て最終的には近代王朝を築くノルマン人達の、ミックスしたものが現代のイギリス人の血を構成していると思っていいと考えられます。

 

ではそれまでいた人達がどうしたかというと、ケルト人はローマ人が入って来た時すでにあちらこちらに蹴散らされており、ゲルマン人が入って来た時代も同様にスコットランドやウェールズやアイルランド、コーンウォル地方、そういった端の方に追いやられていたことには変わりありませんでした。

 

その後七王国時代というのを迎えそれぞれ色んな国が出来、最終的にはウェセックスという所が統一をしました。その辺りの細かいことはまた次回少しお話出来ればいいと思っています。

 

最後に今回一番覚えて欲しいことは、今のイギリス人というものを構成している大元の1つとして、アングロサクソンというものがあって、それはこの時代に外からやって来た人達であるということです。

分野: 異文化コミュニケーション |スピーカー: 鈴木右文

トップページに戻る

  • RADIKO.JP
  • ビビックスマホ