QT PRO モーニングビジネススクール

QT PRO
モーニングビジネススクールWeb版

FM FUKUOKAで放送中「QT PRO モーニングビジネススクール」オンエア内容をWeb版でご覧いただけます。
ポッドキャスティングやブログで毎日のオンエア内容をチェック!

PODCASTING RSSで登録 PODCASTING iTunesで登録 電子書籍で記事を読もう! EPUB

ブログ&ポッドキャスト詳細

QT PROモーニングビジネススクール > ブログ&ポッドキャスト一覧 > イギリスの歴史(2) (英文法理論、コンピュータによる英語教育/鈴木右文)

イギリスの歴史(2)

鈴木右文 英文法理論、コンピュータによる英語教育

12/06/19

今日の講師は鈴木 右文です。今回はイギリスの歴史ということで、前回全体の概要を話しましたので、今回は具体的に古い時代のところから少しずついきたいと思います。ただ、歴史の授業ではないので、あくまで常識のところで抑えるべき内容です。

■イギリスの起源
イギリスにいつ頃から人がいたかというと、どうも学者の間では15,000年ぐらい前には少なくとも人がいたらしいとされています。
ただその人がそこで生まれ育ったのか、どこからか来たのか、その辺はよく分かっていませんが、その後、紀元前4,000年ぐらいに大陸の方から農耕民族が来たということは確からしいです。何処の国でもそうですが、狩猟から農耕へ文化が変わっていき、イギリスではこの時代から農耕が始まっています。

私達がここでよく思い出すのはストーンヘンジというものです。石が輪になって集まって(並んで)いるようなもので、その輪が大切で環状列石群などと言います。これが何に使われたかはよく分かっていませんが、呪術的、宗教的、もしくは天文関係で使っていたという説もあります。

いずれにしてもイギリスというとストーンヘンジと思い出されるぐらい非常に有名な物です。ストーンヘンジはイギリスにある30前後 の世界遺産のうちの1つでこの時代に思いを馳せるのには非常にいいところですが、いつも人だかりで、ゆっくり立ち止まって見られないぐらい混んでおり、しかも周りをロープで取り囲んでいて10メートルぐらいまでのところしか近づけません。地方の 環状列石群なら触れるくらい近寄れますが規模は小さいです。

■最初の移民
その後名前が付いている民族としては紀元前の700年ぐらいに初めてイギリスに侵入してきた人々がいて、ケルト人といいます。そして彼らが鉄を持ち込んだと言われています。鉄を持ち込むと時代は随分進みますが、その時イギリスも文明の種が蒔かれたと言えます。

ケルトはイギリスの人達にとっては随分古くからいる民族なのでイギリスの精神的な源流を担う人々だと見なされますが、実は他から入ってきた人です。もっと前からいた人もいますが、紀元前700年という話で相当古い時代の人だということが言えると思います。「ロード・オブ・ザ・リング」 という映画の中で妖精が色々出てきますが、あれも恐らくケルトの影響だと思います。妖精はケルトの御伽噺によく出てきます。

■ローマ人の影響
そのケルト人の後に入って来た人達はローマ人で、彼らは結構長いこと居座り、最終的には出て行きました。入って来たのは紀元前55年という時代で、有名なジュリアス・シーザーが登場します。現在のイタリアの首都ローマはその頃大きな帝国で、彼はイギリスに進出してきたという格好なのですが、入って来た原因は大陸にいたケルト人を中心とした他の民族とローマがいざこざを起こしていたことにあります。

それで大陸のケルト人にイギリスにいるケルト人から色んな物資が供給されているらしいということで、そのイギリスにいるケルト人を叩きに来たわけです。ローマ人はイングランドに入って行きましたが、イギリスの土地は非常に広く全部を制圧出来たわけではありません。

この時代にスコットランドとイングランドを分けるあたりに城壁を作って、領土の境を作るようなことをしました。その城壁も世界遺産になっていて、その城壁の上に砦が等間隔で建っていて、その砦と砦の間の距離の事をマイルと言っていました。長さは若干今と違っていますがこれがマイルの始まりです。

ローマ人はイングランドの中に大きな影響を残しました。大きかったのは軍事的なことで、軍事物資を運ぶ為に道路の整備をし、街道をたくさん作りました。「全ての道はローマに通ず」という言い方があるぐらいですから、大きな軍事物資を通す為の通りをあちこち支配した所に作ったわけです。そしてあちこちに軍事的拠点として砦を築きます。

イギリスで~チェスターや~カスターという名前が付いている所はローマ時代に砦が置かれた所で、規模は小さいですがローマのコロッセウムの小さくしたような劇場の跡が残っていたりするものです。例えばマンチェスターという地名を聞いても、ローマに支配された のだと思い出して頂ければと思います。


■まとめ
その他にも今日だけで伝え出来られないぐらいローマ人の影響があるので、また次回続きを話していこうと思っています。また、日本人とイギリス人にどこか似ているような感じを抱く人もいらっしゃるかと思います。そういった話もおいおい歴史の話の中でしていきましょう。ローマ人の影響がどこか関係あって、それはローマ人がお風呂の文化を持っていたせいかもしれませんね。

次回はイギリスという名前は実はこの後入ってくる民族からきているという話で、今回は 最初イギリスはイギリスじゃなかった、という話です。

分野: 異文化コミュニケーション |スピーカー: 鈴木右文

トップページに戻る

  • RADIKO.JP
  • ビビックスマホ