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シリコンバレーシリーズ~スタンフォードシリーズ~(イノベーションマネジメント/朱穎)

12/02/22

私は去年の3月から10月までアメリカに行っていました。スタンフォード大学の中にスタンフォードベンチャープログラムというのがありまして、そのベンチャープログラムのところに研究と教育の色々なこと勉強、研究するという形で行かせて頂きました。今回から2回続けて、そのスタンフォードでの話をします。

シリコンバレーの歴史について語る時に、やはりスタンフォードの役割を見ないといけません。現地でよく使われている言葉の一つにEcosystemという言葉があります。これは要するに、スタンフォードを中心とする学術機関の役割、ベンチャー・キャピタリストたちの旺盛なサポート精神、さらに世界各国からやって来た優秀で多様性に満ちた優秀な人材との3つの相互作用によるダイナミックなネットワークのことです。

■スタンフォード大学設立秘話 

スタンフォード大学は、1891年に当時のカリフォルニア州知事で鉄道の創立者でもあったリーランド・スタンフォードとその御婦人のジェーンの病死した息子さんの名前、リーランド・スタンフォード・ジュニアと名を残すために創立した大学です。実はこれにまつわる面白い話があります。当初、御夫妻は必ずしも西海岸で大学を造ることを考えておらず、むしろアメリカの東海岸にある大学を見学しました。当初はハーバード大学を訪れたようです。この二人は西海岸で大変富と名誉を築き上げましたが、面白いことに、どうもラフな格好でハーバード大学を訪れたようです。特に、御婦人のジェーンさんは宝石類ほとんど着けず、ハーバードの関係者に貧乏人として思われていました。御夫妻から息子さんの名前を残すために寄付したいと申し出たのですが、ハーバードの担当者からそれがいくらかかるか御存知ですかと、大変冷たくされたようです。そういうことがあったため、結局激怒し、東海岸を去ってカリフォルニアに戻り、やはり地元で大学を創る事を決心しました。やはり、その人の外観で物事を判断してはいけないということではないかと思います。このようにスタートした、当初は無名に近い私立大でしたが、今ではアメリカ国内のトップ大学まで成長しました。

■スタンフォード大学成長の秘密 

スタンフォード大学がシリコンバレーとともに非常に世界的に有名になったという経緯についてお話します。実は秘密が2つあります。1つはやはり人材戦略だと思います。1950年と2007年の大学規模を比較すると、1950年に学部生の数が4800人であったのに対して、2007年は6700人まで成長しました。特に大学院生の数を見ると、この50年間で3倍近くまで成長しました。学生は非常に多様性に富んでいます。例えばアジアからの留学生が日本でもよく伝えられているように、日本人の海外留学者は減っているという状況で、最近はむしろ中国と韓国からの留学生が非常に勢いを見せているということが1つの特徴になっていると思います。

そして学生集めだけでなく、全米から非常に優秀な教授陣を迎えたというのが成長の源泉を成していると思います。例えば2007年のデータを見ますと、1800人の教員の中でアメリカ国家科学賞の受賞者は30名、ノーベル賞の受賞者は28名まで上っています。スタンフォードの教授陣の多くは、元々東海岸で生活していた方が多いのですが、やはり西のほうに移ってきた理由の1つとして天気の良さを挙げることが多いです。東海岸の厳しい冬より、のびのびして太陽いっぱいのカリフォルニアの方が知的生産性を維持するには非常に絶好の立地条件ではないかと思います。

■スタンフォード大学とシリコンバレー 

スタンフォード大学とその周囲のシリコンバレーという地域の関係についてお話します。分かりやすく言えば、両方win-win関係にあると私は思っています。例えば、これについては次回御紹介しますが、シリコンバレーで働いている技術者の内訳を見ますと、60%が外国籍です。さらに、このシリコンバレーで生まれた技術特許の50%というのは、その外国からやって来た技術者たちによって発明されたそうです。要するに、よく言われている中国系、インド系、それ以外にも最近はヨーロッパからの人達も目立っています。彼らと話をしますと、元ルノーの電気自動車のプロジェクトエンジニアであったり、その仕事辞めてソフトウェアのデザイン関係の仕事をやっていたり、あるいは元BMWのシニア・エンジニアだった人が、仕事を辞めて、スタンフォードの車関係のプロジェクトのディレクターになっていたりします。あるいは、EU関係のそういうコンサルタントをやっていた方が、仕事辞めてスタンフォードで教鞭を取っていたりします。非常に多様性に富んでいるというところが1つの特徴と思いますが、よくよく話をしますと、やはり元々の組織は非常に官僚組織になっていて、中で自分の能力を上手く発揮できないと感じていたそうです。雇用の保証はあっても楽しくないので、むしろ雇用の保証はないけれど、チャレンジ精神に満ちたこのシリコンバレーで働いた方が自分にとって楽しいと皆さんは言っています。

そういう意味でも、やはりアメリカという国に夢を求めるといいますか、彼らにとっての場所がシリコンバレーであるということでしょう。ソーシャルネットワークという映画を御覧になった方は多いと思いますが、最近FacebookもここPalo Altoに本社として移ってきました。一見すると典型的なアメリカの田舎町のように見られますが、例えば70年代のゼロックス研究所から最近のFacebookまで、常にイノベーションの先頭に立って絶えず進化しています。その根底になっているのは、やはり世界から優秀な頭脳達が集まって来ているというところではないかと思います。

ロマネスク様式のキャンパスでは次々とベンチャー企業が育っていく
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分野: 朱穎准教授 |スピーカー:

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