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QT PROモーニングビジネススクール > 過去の記事一覧 > マスメディアとメディアリテラシー2(マーケティング/出頭 則行)

マスメディアとメディアリテラシー2(マーケティング/出頭 則行)

12/02/14

■メディア・リテラシーの必要性 

出頭:
3回にわたってソーシャルメディア、マスメディアとメディア・リテラシー関連のお話をしてきました。前回の最後に大衆迎合的、ポピュリズムでないマスメディアはあり得るのかという問いで終わりました。資本主義社会においてはマスメディアも企業であり、生き残っていかなければならないわけです。商業的成功を収めないと発行を続けられないマスメディアが、大衆迎合的でなくあり得るのかというような事を考えています。今回はむしろ私がインタビュアーになって後藤さんの御意見も聞いてみたいのです。後藤さんはメディア・リテラシーを研究されていますが、メディア・リテラシーとポピュリズムとの関わりについてどうお考えですか?

後藤:
メディア・リテラシーという言葉自体、日本では一般的ではありませんが、そういう情報を読み解く、そして読み解いた上で、それを活用するかどうかを判断するということです。マスメディアが伝える情報が全て正しい、鵜呑みにしてしまうことが多いのが現状です。そういったマスメディアが伝える情報に対して、どういう態度を持てばいいのかということがメディアの問題だと思います。やはりマスメディアが伝える情報も含めて、ソーシャルメディアから流される情報もそれが全てではなく、その奥にどういうことがあるのかということを、我々は性善説ではなく批判的に読み解かなければいけないということだと思います。

■メディア・リテラシーの形成 

出頭:
そういうようなメディア・リテラシーはどのように形成されるのでしょうか。どうやったらそういう態度を培えるのでしょうか。

後藤:
メディア・リテラシーに関する研究、そしてその教育の実践というのは、古くはイギリスで1930年代に興っています。当時、高尚な文化とされた文学作品が、スキャンダルなどを多く載せる大衆紙に圧倒されてきました。その時代に、もっとそういう高尚な文化をしっかり守っていかなければいけないと、いわゆる保護主義的な形でメディア・リテラシー教育というのが始まりました。それが色々な変遷を経て、今で言えば、インターネットメディアには様々な多種多様な玉石混合の情報があるという話になっています。ただ、それはインターネットメディアだけではなく、テレビだとか新聞既存のメディアにもそういう空気が充満しています。
イギリスではそういった教育を1930年代からやってきましたが、例えば現代でいうイギリス、カナダというメディア・リテラシー教育先進国でどんな教育をしているかといいますと、リテラシー、読み書きというだけあって母国語、すなわち彼らの国でいえば英語、日本でいえば国語の授業の中でそれを育む事が出来るという風に位置付けられています。
具体的な教育の中身で言いますと、国語のある単元、1つの学びの過程の中で、例えば新聞の2つの記事を比べてみようといのが今すでにあります。2011年度から始まった新しい学習指導要領の中でそういったことを指導しなさいという事が入りました。新聞を読み比べる、すなわち1つの出来事に対して違うA社とB社の新聞記事があるわけです。分かりやすい例で言うと、福岡の西日本新聞がプロ野球のニュースを伝えるのはソフトバンクホークスのことが中心になります。それが、例えば私が今住んでいる宮城県のブロック紙の河北新報は、ソフトバンクと楽天が試合をして楽天が負けたとしても、楽天の選手の写真をたくさん載せたりするわけです。2-1でソフトバンクが勝っても、惜敗という風に河北新報という仙台の新聞は書くかもしれません。でも、ソフトバンクの本拠地である福岡の西日本新聞は、豪華リレーで余裕の逃げ切りと書くかもしれません。そういう意味で言うと、やはりその地域の人達をいかにして引き付けるかという書き方になると思います。それを、子供たちは何でこういう書き方をするのかということを分析します。分析して読み解く、その過程を子供の間からやっていくわけです。新聞だけでなく、テレビはなんであっちはこう伝えているのにこっちはこう伝えているのだろうか、というような見方が出来るようになっていくということです。

■メディア・リテラシーがないことの危険性 

出頭:
日本に非常に必要な感じがします。大衆迎合的じゃないと政治家は選挙に勝てない。メディア自身も大衆迎合的である。だからどうしても揚げ足取りのような不毛な戦いをやっている。そうすると、2大政党というようなマーケティングを行っているところに加担することなく、不毛な議論の応酬に辟易して、優秀な一個人に政治を任せたほうがいいと思う人が出てくると思います。しかし、これは危険な兆候です。そういう風にヒトラーは生まれたと思います。色々なディスカッション、大衆迎合的なものに飽きてしまい、それらを解消してくれるようなカタルシスをおこしてくれるような人間の言説が受け入れられるというのは非常に危険です。

後藤:
今の例でいうと、やはり強い政治家が求められているというのはそういうことで、大阪もそういう動きがあったりしています。

出頭:
これはある意味、そのメディア・リテラシーがないと非常に危険だということですね。

後藤:
その通りだと思います。

出頭:
やはり、しっかりと自分の判断基準を持っている人達が、メディアをしっかり理解して、自分達の選良達を選ぶということじゃないと非常に危ういという感じがします。

後藤:
正に出頭先生のおっしゃったようにメディア・リテラシーというと、メディアに対応する能力のように思われますが、本来的な意味、歴史の変遷を辿っていくと、民主主義社会の健全性を保つための能力でもあるわけです。

出頭:
これだけぶれが大きいと、日本の民主主義が危機に瀕しているかなと思います。今、アメリカにおこっている揚げ足取りや、色々な日本における政治状況を見ると、非常にポピュリスティックです。扇情的ですらあります。そのため、とても危険な感じがします。

後藤:
だからこそ私も、メディア・リテラシーというのは社会で生きていく力だという風に定義して、今普及拡大していっています。なかなかこれが広がらない理由として、これは良い事でもあるのですが、特に日本という土壌が人を否定的に見ないということがあります。

出頭:
メディア・リテラシーという言葉も、もっと分かりやすい言葉にしないとまずいと思います。今の日本人にとって極めて重要な資質だと思います。

後藤:
まさに日本の政治を変えるためにもメディア・リテラシーはみんなに必要ではないかと思います。

出頭:
今日は私の方がインタビュアーになってしまったような感じでした。

後藤:
なかなか私も自分が研究している事を話す機会がなかったので、おかげ様で少し話す事ができました。

出頭:
今日は勉強になりました。ありがとうございました。

分野: 出頭則行教授 |スピーカー:

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