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QT PROモーニングビジネススクール > 過去の記事一覧 > イギリスの歴史:ヴァイキングとノルマン大征服(異文化コミュニケーション/鈴木右文)

イギリスの歴史:ヴァイキングとノルマン大征服(異文化コミュニケーション/鈴木右文)

12/02/08

今まではケルト人、ローマ人、そしてアングロサクソン人というように、イギリスを
支配してきた人達の歴史を見ました。その次は、ノルマン人がイギリスを支配して
いく事になりますが、その時代の前に、ゲリラ的にスカンジナビア方面から襲来した
人達がヴァイキングです。彼らが大体8世紀から11世紀ぐらいにかけてイギリスに
襲来し、色々と影響を与えていた時代があります。その話からノルマン人がイギリス
を支配する事になったところまで、お話しましょう。

ヴァイキングは、日本では「自由に取り分けて食べる料理」として使いますが、
英語としては正しくありません。帝国ホテルで、このタイプの料理の出し方に
つけた名前がヴァイキングでしたが、その理由はあの形式の食べ方が実は北欧で
なされていたからです。英語ではスモーガスボード(smorgasbord)と言いますが、
もっと分かり易くという事で、北欧人が来襲した時に呼ばれた名前を使って
ヴァイキング料理にしたようです。だから英語では人々の名前としてヴァイキング
といいますが、料理の種類としては使いません。日本ではそれがあっという間に
広まってしまったというところです。

ヴァイキングは、グレートブリテン島中央東側にあるヨークの南辺り、ケンブリッジ
辺りまで侵入しましたが、アングロサクソンもウェセックスの王であった
アルフレッド大王が中心になって抵抗したので、定着してイギリスを支配する
事にはなりませんでした。しかしアングロサクソン側も一気に追い出すことも
できず、8世紀から11世紀の間に共存している時代がありました。文化としては、
ヨークからケンブリッジにかけての東海岸の地帯の建築様式などに、ヴァイキング
の時代の影響が見られます。いろいろな博物館に行くとそういう情報があります。

ヴァイキングの侵攻の後にノルマンですが、イギリスが一番大きく動いた時代で、
その経緯は複雑です。まずはアングロサクソンとヴァイキングが共存していた
時代に、デーンロウという場所がありました。イギリスに入ってきたヴァイキング
はデーン人と呼ばれ、アングロサクソンは法律を作って居住区を作りました。
その居留地内にデーンロウ、つまりデーンの法律という名前をつけました。
それ以降、争いが絶えることなく、最後にはイングランドを支配する王が入れ
替わり立ち代わりするような時代をしばらく繰返しましたが、そのうちに1066年の
ノルマン大征服という時代を迎えます。

ノルマン大征服は先程申し上げたノルマン人がイギリスに攻めてきてノルマン朝を
打ち立てるという時代ですが、イギリス史上最大の出来事と言われています。
ノルマン人はヴァイキングの一種です。スカンジナビアから来た人達が、一旦
フランスのノルマンディー地方に居を構えてフランスの王様に忠誠を誓った貴族と
なりました。ノルマンディー地方だからノルマン人になりましたが、彼らが
イギリスに侵攻しアングロサクソンと戦います。ヘイスティングズの戦いという
最大の戦いで、アングロサクソン側を破りノルマン朝を開きました。当時の王が
ウィリアム征服王(William the Conqueror)で、ここからイギリス近代王朝が始まり、
以降エリザベス2世まで彼の血筋です。これは11世紀の出来事です。

当時イギリスの元々の住人は、ノルマン人が侵入し王朝を建てた事に対して抵抗が
ありましたが、ノルマン人が厳しい政治を布いて反乱が起きないようにしました。
その後、ノルマン人はアングロサクソン人等と混交し、辺境の地には昔からのケルト
人が中心に残っているという形になりました。

分野: 鈴木右文准教授 |スピーカー:

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