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シリコンバレーシリーズ~Frederick Terman 博士物語~(イノベーションマネジメント/朱穎)

12/02/23

去年の3月から10月にかけてスタンフォード大学で研究をしてきたので、前回はスタンフォード大学、そして周辺のシリコンバレーの話をしました。今回はその続きです。スタンフォード大学がどんどん有名になっていく過程には2つの秘密があるという話をしましたが、1つは優秀な頭脳を全米、あるいは世界から集めてきたということ、もう1つは大学と産業界との緊密な連携にあるということでした。

今回はこの大学と産業界の緊密な連携についてお話します。シリコンバレー・エコシステムにおける大学と産業界のWin-Win関係、さらにスタンフォード大学の永遠なる繁栄の基礎を作り上げた中心人物、School of Engineeringの元学部長であったFrederick Terman博士について御紹介しようと思います。

■シリコンバレーの生みの父 

日本ではシリコンバレーの歴史を語る時にWilliam Shockleyという方の名前がよく挙げられます。この方はトランジスタを発明して、その後カリフォルニアに戻ってショックレーセミコンダクターという半導体の企業を創立した方です。彼は非常に優れた科学者でしたが、どうもマネジメント能力はあまりなかったらしく、技術者達は彼に反発して次から次へと独立し自らスピンオフしていきましたが、これはシリコンバレーの成長の1つの源泉になっていると言われています。しかし、現地でシリコンバレーの産みの父としてよく挙げられているのは、今回お話するTerman博士です。彼はスタンフォード工学部の元学部長で、研究でもラジオの研究でも大変有名ですが、研究だけではなく、むしろ大学と産業界とのwin-win関係を構築した方として今でも非常に尊敬されています。

Terman博士はStanford engineeringの学部を卒業後、MITで博士号を取得しています。元々当時の伝統として、西海岸ではなくて東海岸で学んで科学者としての道を築き上げるという伝統がありました。ただし、この方は元々カリフォルニアに住んでいて、色々な偶然が重なり、スタンフォードに戻ってきて教鞭をとる事になりました。彼はやはり、自分の卒業生が次から次へとスタンフォードを卒業して、地元に残ることなく東海岸に職を求めていたことに非常に危機感を持つようになりました。なんとか人材を残さないといけないと思うようになったわけです。その為に、地元で何か強い産業を作らないといけないという結論になりました。当時は非常に研究資金が限られていたのですが、なんとか資金調達して、地元でラジオの研究所を作りました。また、第二次大戦後、アメリカの軍事科学関係の技術を民間に移転していくことを先取りに予測し、連邦政府から研究資金を調達し、全米の優秀な科学者を次から次へと引き寄せて、彼らに非常によい研究環境と研究資金を提供する事に対して非常に努力されました。

博士には主に2つの貢献があるということをよく言われています。1つはやはり地元の方々からも今も親しまれているヒューレット・パッカードの成長物語です。実は、ターマン博士はヒューレット・パッカード創立者の2人、David PackardとWilliam Hewlettに対して、創業初期段階から多様なサポートと助言を提供していたという事で有名です。2人は、元々ターマン博士の学生でした。パッカード社の初期製品は計測器を作っていました。2人は当初のプロダクトを売らないといけないです。当然誰も知らない2人なのでなかなか顧客がいなかったのですが、Terman博士はなんと25名の初期顧客リストを提供したことが言われています。この顧客リストの中には、例えばウォルト・ディズニーのトップエンジニアだったホーキンスという方がいて、この方は実は1938年にヒューレット・パッカード製の計測器を当時の70ドルで8個も購入しました。これは大変な収入源になったわけです。徹底的に企業サポートしていたというのは、当時のアメリカでは稀だったのではないかと思います。

■大学と産業界のWin-Win関係 

Terman博士のもう1つの貢献として、産業界における大学からの技術移転を推進したことが非常に大きかったと言われています。例えば、Stanford Industrial Parkの設立や産学提携の推進、あるいは教員と学生のアカデミック・アントレプレナーシップの推奨などたくさんの努力をされました。実は、スタンフォード大学の最強の秘密というのは、大学の発明によるロイヤリティ収入にあります。例えば、教授とか大学院生、研究室で色々な研究がされるわけですが、当然何か発明があるわけです。それは職務発明として大学に届け出ないといけないわけであって、その発明が例えば将来的にある企業に商業化していくのであれば、当然ロイヤリティとして大学のほうに入ってきます。

もう1つ客観的なデータを紹介しますと、例えば1991年から2000年までこの10年間で大学の累積収益は400億ドルまで達しています。その400億の中の98%は、実は70年代に開示された大学発明によって実現されているわけです。要するに、スタンフォード大学の大学院生は、例えば発明した物をその後自分の企業に応用すれば成功するかもしれないわけです。そして、成功すればするほど大学へ入っていくロイヤリティ収入が増えます。ということは、やはりスタンフォード大学とこのシリコンバレーとの間はWin-Win関係にあるわけです。ここまで2人3脚で地域と大学が連携しているという例は世界でもなかなかありません。MITもそうだと言われますが、日本でもほとんどありません。やはり1つのEcosystemとして、大学と産業界との緊密な連携が非常に重要で、その緊密な連携を作り上げたのがTerman博士です。

最近のデータを挙げますと、2007年まで実はスタンフォード大学の卒業生、あるいは教職員は、総計1200社の企業を立ち上げました。このシリコンバレーで生産されたアウトプットの50%が、実はスタンフォード関係者によって作られたわけです。産学連携という言葉は日本でもよく聞くようになりましたが、スタンフォード大学が昔からこういう事をやってきたというのが分かります。私が非常に素晴らしいと思っていることの1つとして、確かにこの産学連携がアメリカの大学でかなり盛んに行われている一方で、学問の自由がきちんと守られています。出来れば産業界からの雑音がアカデミックの研究活動に影響しないように、大学と産業界の間でリエゾン・オフィスのような中間組織を設けており、また大学専属のスタッフが提携の業務活動に責任を持ってやっているということから、結果的に大学の教員は従来の研究活動に専念出来るような仕組みが非常に守られています。このことが最も素晴らしいことではないかと思います。


青空にそびえるWilliam Gates Computer Science Building

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分野: 朱穎准教授 |スピーカー:

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