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QT PROモーニングビジネススクール > 過去の記事一覧 > 巨大科学の意義(その2) (産学連携マネジメント/高田 仁)

巨大科学の意義(その2) (産学連携マネジメント/高田 仁)

12/01/30

さて今回は、素粒子物理学者の間で進められているILC構想を紹介しながら、
巨大科学の意義について考えて行きたい。

ILCとは国際リニアコライダーの略称で、
素粒子物理学の専門家の間で構想されている次世代の加速器のこと。
現在の世界最大の加速器は、スイス・ジュネーブの
CERN(=ダン・ブラウンの「天使と悪魔」に、
反物質を発明し保管していた研究施設として登場)
にあるLHC(リニアハドロンコライダー、
巨大な加速器で陽子と陽子を衝突させ、
そのエネルギーで発生する素粒子を解析する)だ。

例えば、昨年12月に、物理学の標準理論のなかで
唯一その存在が確認されていない
「ヒッグス粒子(物質の質量の元といわれる)」が
98.9%の確率で存在するという報道があったが、
このヒッグス粒子をとらえるためには、
宇宙誕生の瞬間(ビッグバン)に相当する
高エネルギー状態を再現する必要があり、
そのために大型加速器が必要なのだ。

しかし、このLHCをもってしても衝突エネルギーの限界があるので、
次世代加速器としてILC構想がスタートした。

LHCは直径27kmの大きな円状だが、ILCは全長40〜50kmの直線状で、
電子と陽電子を衝突させる。
アジア、北米、欧州が協力して世界に1カ所だけ建設される
超大型国際プロジェクトで、総コストは8千億円とも1兆円ともいわれる、
壮大な構想だ。

世界にいくつか候補地がある中で、
日本は北上山地(東北)と福岡県・佐賀県にまたがる
背振山地の2カ所の候補地を持つ。既に、両地域とも
産学官が連携して誘致に向けた活動をスタートさせているが、
その中で議論になるのが、1兆円もの投資に対してどんなメリットがあるのか、
それをどうやって説明できるか、ということ。

前回は、近年の科学に対する社会的期待の大きさ
(というか、経済的尺度だけを当てはめすぎる面が否めないこと)
について説明した。
単純に経済効果だけでILC構想を評価することは困難だ。
1兆円を投じて「ヒッグス粒子の挙動がわかった」
ことで一体誰が嬉しいのか?という素朴な質問に答えるのはホネが折れる。

そこで、LHCを有するスイスのCERNは
いったいどのような考えに基づいて
プロジェクトを進めてきたのかを知るため、昨年12月に現地調査に赴いた。

そこで判った最も重要なことは、
LHCにたいして市民の認知度や関心が極めて高いということだ。
「ニュートリノが光よりも早い」というニュースを、
直接の担当者でも何でもない自治体の一職員が、
まるで自分の自慢話か何かのように話し、
「そんなこと、街に出て聞くとジュネーブ市民はみんな知ってるよ!」
とこともなげに言う。

CERNでのヒッグス粒子の存在や宇宙誕生の謎を解明する研究は、
人類として大いに挑戦する価値があるものであり、
また、その価値を地元住民が十分に理解しているという状況がある。
地元でそのような先端研究を誇りにしている風に見受けられる。

一方のCERN側も、外部へのコミュニケーション担当部署を設置し、
自らの研究を社会に判り易く伝えるという活動をかなり積極的に行っている。
ジュネーブ市と協力して展示施設を建設し、
宇宙の成り立ちや素粒子物理学を子供に判り易く説明したり、
また、高校の物理の先生を世界中から1000人呼んで滞在型の講座を提供したり、
大学生・大学院生向けのサマープログラムを開催したり、
更には、スイスやフランスの小学生を相手に
物理学者という仕事に理解を深めるユニークなイベントを毎年開催している。

このような活動による素地があって、
大人も子供も未知の自然現象を解明しようとする先端科学に対して
高い寛容と理解を持っていることが印象的であった。
科学は、ある意味で文化や芸術と同様のものと言える。

佐賀県の古川知事は、年頭挨拶の中で、
ヒッグス粒子やニュートリノの研究について、
「直接くらしや経済と関係ない事柄であっても、
人類にとって意味のあるこうした取り組みに関心を持ち続けていきたい」
と述べていた。

近年、サイエンス・コミュニケーションとか、
サイエンス・カフェといった取組みも徐々に広がっている。
これを一過性のものとせず、当たり前のように市民が科学に対して関心を持つ、
真に成熟した社会にしていきたいものだ。

村上陽一郎先生は、
「知は自分を知り、他者を知ることの大きな助けになる、
科学に限らずどんな知識も人間にとって役に立つものであり、
知識のための知識は広い意味で世界全体の共通財産になる、
そういう知の財産を増やすこともまた人間にとって極めて大事である」
と述べている。

今後、ILC構想を実現する過程で、
自分自身を知ることと他者を知ることの源泉とも言える
科学的探究活動の価値を正しく理解する力を持つような地域づくりが
実現できればと思う。

分野: 高田仁准教授 |スピーカー:

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