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イギリスの歴史:アングロ・サクソンの時代(異文化コミュニケーション/鈴木 右文)

11/12/23

イギリスの歴史の話を続き物でしています。前回はローマのお話までしましたが、今回はアングロ・サクソンの時代についてです。

■ゲルマン民族 

ローマも結局、500年近くイギリスに居座り、最後は本国の方が危なくなったので本国に引き上げていきました。その後は、イギリスの中では大きな文明が栄えることもなく沈滞していたのですが、次にイギリスを支配することになるゲルマン民族(Germanic)がやってきました。現在、イギリスに住んでいる人たちは、ゲルマン族の血を引いている人たちが多いです。ローマが去ったのは410年ですが、ゲルマン民族がやってきたのはそれから少し時間が空き、400年代の途中からになります。

■アングロ族・サクソン族・ジュート族 

そして、実際に実効支配をするようになるのはもう少し時間がかかります。その時に来た民族はたくさんありますが、その中でも有力な民族3つがありました。アングロ族(Angles)、サクソン族(Saxons)、ジュート族(Jutes)という3つの部族が1番有力でした。このアングル族というのは、このアングル族の土地という意味のアングルランドという名前から、イングランドという名前が出てきているというぐらいですから、イギリスのご先祖様といえます。そして、この3つの部族の中で1番興隆を極めたのがサクソン族で、最初はアングル族やサクソン族やジュート族がそれぞれ小さな国を作っていましたが、最後にイングランドを統一したのはサクソン族です。併せてアングロ・サクソンというようなことが多いです。ジュート族は残念ながら名前が残りませんでした。

■7つの国 

最初は7つの国ができていました。7王国、ヘプターキー(Heptarchy)という用語をよく使います。名前は聞いたことがあるのではないかと思います。アングロ族が作った3つの国をノーサンブリア(Northumbria)、マーシア(Mercia)、イースト・アングリア(East Anglia)というような言い方をします。一部は今ある地名に使われているでしょうし、近江や豊後といった日本の昔の地名のイメージで向こうでは聞こえるのではないかと思います。

それからサクソン族が作ったのはエセックス(Essex)、ウェセックス(Wessex)、サセックス(Sussex)という3つの国で、地理的にはもう少し南側の方です。これは今も地域の名前として残っています。

そしてジュート族は1番南側のドーバー海峡のドーバーがある辺りのケント(Kent)という場所に作りました。併せて7つの王国が作られていました。

サクソン族が最終的にはイングランドを統一しましたが、サクソン族の国の中でもウェセックスが800年代末に統一を果たしました。その時の王様の名前はアルフレッド大王といいます。私はこれを最初に耳にした時に、アレキサンダー大王と間違ってしまいました。全然時代もスケールも違いますが、やはりどこの国でも統一を果たすような王様が出て、その後安定した時代に入るということになると、いわゆる名君が多いです。この人も社会システムを整えることに非常に熱心でしたし、学問も奨励しまして、ここから安定的な国が出来始める時代が少し見えてきました。ただ、本当にイギリスが安定といいますか、王朝の体制がしっかりするのは、西暦1000年代を超えてから後の話になります。それまでは、バイキングが入ってきたり、ノルマン人が入ってきたりして、なかなか安定しない戦乱の世の中がしばらく続くことになります。

■アングロ・サクソンの時代 

アングロ・サクソンの時代がどういう時代だったかというと、その1つとしてシャー(shire)という単語があります。これは、日本でいうと都道府県に当たるような単位です。アメリカだと例えばカウンティ(county)というところだと思います。イギリスではハンプシャー(Hampshire)やヨークシャー(Yorkshire)という名前に残っていますが、それはこの当時、アングロ・サクソンの時代に shire というのが地方の行政の単位として作られたからです。「ロード・オブ・ザ・リング」という映画を見ていると、地区の名前でシャイヤー(shire)と呼ばれているところがあり、やはり関係があると思いました。

ローマの時代に、砦があったところにチェスター(Chester)が今の地名に残っているという話をしましたが、アングロ・サクソンの時代には、ボロー(borough)という名前が残っています。例えば、スカボロー(Scarborough)やマルボロー(Marlborough)です。それから日本語でいうとボローではなくバラになりますが、エディンバラ(Edinburgh)もアングロ・サクソン時代の要塞都市があったところです。

イギリスの地名が下敷きになっていることが多いですから、アメリカの地名にもそれは残っています。例えば、アメリカのニューハンプシャー(New Hampshire)というのは多分ここからきています。ファイブボローニューヨーク(5boro NYC)というのもあります。これも、ここのボローからきていると思います。

この時代にいたのがアングロ・サクソン人だけというわけではありません。ローマ時代にローマに席巻されて偏狭の地に追いやられていたケルトの人たちは相変わらずアングロ・サクソンの人たちに追い立てられていて周辺部に住んでいました。アングロ・サクソンの人たちはこの人たちを俗にブリトン人という名前で呼んでいます。この人たちはいつまでたってもなかなかメジャーにならなかったということです。

この時代にもう1つ常識として覚えておいて欲しいのは、アーサー王の伝説です。円卓の騎士という言い方もあります。実在したかどうか怪しいと言われていますが、実在するとすればこの時代だったと言われています。

分野: 鈴木右文准教授 |スピーカー:

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