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QT PROモーニングビジネススクール > 過去の記事一覧 > イギリスの歴史:先住民・ケルト・ローマ(異文化コミュニケーション/鈴木 右文)

イギリスの歴史:先住民・ケルト・ローマ(異文化コミュニケーション/鈴木 右文)

11/11/30

■イギリスの歴史 

イギリスの歴史というタイトルが出ていますが、新シリーズがようやく始まりました。イギリスの話をすることにはなりますが、ある国に入り込んでビジネスをしようという時に、このくらいの範囲のことを知っておくといいのではないかというつもりで話します。ですので、他の国で商売をされる方は、その国についてこれからシリーズで取り上げるようなものに対応するようなことを勉強していくといいのではないかと思います。例えば相手が、こちらが相手の国のことを知っていると思って話してきたら、文化とか歴史的な背景などがよく分からないこともありますし、逆に相手が、こちらが相手の国についてこんなことまで知ってくれていると思うことで、商売がうまくいく可能性もあります。

■イギリスの先住民 

今回は先住民、ケルト、ローマ、と題してお話します。まず1番最初にイギリスにいた人は誰だろうという話です。細かい専門的なことはさておきまして、1番最初に人がいた証拠というのは大体紀元前1万5千年くらい前だそうです。その頃にいた人たちは、ほぼ間違いなく我々が知りうる限り1番最初にいた人だと思いますが、イギリスという国は歴史的にみて、他所からやって来た人たちがどんどん入ってきて入れ替わり立ち替わり支配していくという歴史をたどります。紀元前2000年頃、ストーンヘンジ(Stonehenge)ができた頃は、もう大陸から移ってきた人たちです。ただ、その人たちが何をどうやっていたかということはよく分かっていません。1番最初にいた人たちを蹴散らしたのか仲良くしたのか、その辺りは全く分からないので、侵略してきたといえるかどうかは分かりません。ただ、大陸の方から来た人たちを中心にしてストーンヘンジの時代が成り立っていたという事は言えそうです。

■ケルト 

その後、青銅器時代に入ります。次にやって来た人たちがケルト人で、その人たちはどちらかというと鉄器時代が中心なので、すぐに鉄器時代に移ります。このケルトの人たちはイギリスの民族の中でもかなり古い民族で、イギリスの文化の源流みたいに考えている人も多いと思います。実は元々いた人たちではなく、ヨーロッパの大陸から移り住んできた人たちです。ただ、非常に古くからいた人たちなので、この人たちの文化はイギリスの古い時代を形成しています。そのため、ケルトを感じると、イギリスの古い時代というイメージを現地の人たちは持つわけです。

この人たちの文化の実態はあまりよく分かっていませんが、鉄器時代ということで分かるとおり、大陸から鉄を持ち込んだ人たちだと言われています。ただ、私たち日本人のイメージとしては、いわゆる妖精の伝説やケルトの神話といった世界を思い浮かべるかと思います。おそらく「ロード・オブ・ザ・リング(The Lord of the Rings)」に出てくる妖精たちも、このケルトの人たちのイメージで作られているのではないかと思います。

エンヤ(Enya)というミュージシャンがいますが、彼女の作る音楽はこのケルトの影響を多分に受けています。彼女の楽曲はゆったりとした雰囲気で、明るくてパッという感じではありません。これが、実はケルトの民族としての運命を象徴していると思います。

■ローマ 

その後にやってきた人たちはローマ人です。ローマ帝国の人たちが攻めて来たわけですが、その人たちからケルト人はイギリスの中では偏狭の地へ追いやられてしまいました。それがアイルランドであり、ウェールズであり、スコットランドです。イギリスという国の中で端の方に押し込められてしまう、そういう悲劇性と先程言った雰囲気が響き合う感じがします。

そのローマの方へ話を移します。ローマ人がイギリスへ来た理由は、先ほどケルト人は大陸から来た人と言いましたが、そのケルトを中心にローマの本国とローマ以外の民族とが争いを起こしていて、ローマからするとケルト人というのは煙たい存在でした。イギリスに移ったケルト人がローマの近くにいるケルト人に色々な援助をしていたので、その道を絶とうとしてイギリスに乗り込んできたというのがきっかけのようです。

ローマの侵略が始まった時代は大体紀元前55年くらいと言われています。ジュリアス・シーザー(Julius Caesar)という有名な人が乗り込んできたわけです。イギリスの歴史にとっては、この時代にローマがもたらしたものはたくさんありまして、それがイギリスの色々な源を作っているところがあります。例をいくつか挙げると、例えば水道のシステムやローマ法といわれる法律のシステム、それから1番大事なのはラテン語からになりますが、アルファベットです。

あとは家を石で作ることです。それまでは土壁で作られていたことが多かったのが、石で作るのが普通になりました。そういったような文化が持ち込まれています。この時代、ローマの人たちはいわゆる軍隊を駐留させたわけですが、そのことが色々な地名などにも残っております。~チェスター(Chester)、という名前をイギリスでよく耳にします。代表的なのは、マンチェスター(Manchester)です。このチェスターというのは、当時のローマの砦を意味します。ドーチェスター(Dorchester)やチチェスター(Chichester)など色々な名前がありますが、ローマ時代に栄えた砦があった場所だと思ってください。

世界遺産になっている有名なハドリアヌスの長城というのがあります。中国の万里の長城ほどの大きさはありませんが、スコットランドにいた民族と、ローマが支配した土地を区切るためのものでした。そこにも砦が等間隔に置かれていて、その砦と砦の間の長さのことを実はマイルと言います。現在のマイルと微妙に長さが違いますが、起源の1つと言われています。

この時代に栄えた町で皆さんが真っ先に思い浮かべるのは、多分ロンドンだと思います。当時はロンドニウムという名前でしたが、人口は大体2万人くらいだと言われています。それはでイギリスの中ではかなり大きな方だったと思います。当然、今のロンドンは桁が2つ違うわけで、昔はこういう人口で群雄割拠していたのかと思うとなんだか可愛い感じがします。多分、西暦400年代までローマは駐留したと思いますが、最後は本国の方が怪しくなり、駐留している場合ではなくなったということのようです。

分野: 鈴木右文准教授 |スピーカー:

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