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QT PROモーニングビジネススクール > 過去の記事一覧 > スティーブ・ジョブズが残したもの(1)(産学連携マネジメント/高田 仁)

スティーブ・ジョブズが残したもの(1)(産学連携マネジメント/高田 仁)

11/11/11

今回から2回にわたって、スティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)が残したものという話をします。10月の上旬、スティーブ・ジョブズは遂に癌で亡くなってしまいました。彼はたくさんのことを我々に残してくれたのではないかと思います。その彼のことを思い出しながらお話しします。

■iPhoneとMacintosh

奇しくも彼が亡くなる1日前にiPhone4Sの発表があったばかりでした。発表には新CEOのティム・クック(Tim Cook)が出てきました。iPhone4SのSは、ファンにいわせるとスティーブのSで、要は「iPhone4Sはfor Steve、つまりスティーブのためのiPhone」というような言い方もされているくらいです。iPhoneは代表的な彼の作品、彼が世の中に生み出したものですし、ディスプレイとコンピュータ一体型のマッキントッシュ(Macintosh)を生み出しましたのも彼です。その後、一時期アップルを追われましたが、その後また復帰し、iMacという非常にカラフルなデスクトップのパソコンを世の中に出しました。iMac、iBookが非常に洗練されたデザインで登場し、それが90年代終わりからのアップルの復活につながります。

■インターネットと音楽

その後、今度はミュージックプレーヤーのiPodと、iTunesというソフトウェア、そして音楽流通の仕組みを創りあげました。このことは、音楽業界、例えばCD販売の業界を駆逐してしまったと言っても過言でないくらいの大きな変革をもたらしました。インターネットを経由して音楽、楽曲を提供するというビジネスモデル自体は、ナップスターというベンチャー企業を通じて90年代の終わりから2000年代の頭頃に既に始まっていました。ナップスターの創業メンバーから直接聞いたのですが、当時のナップスターは音楽レーベルに対して利益の9割を渡してもいいからこのビジネスモデルをやろうと提案したようですが、レーベル側は首を縦に振りませんでした。しかしその後、iTunesの立ち上げに伴いスティーブ・ジョブズが動いて交渉し、音楽レーベルに対して首を縦に振らせたというわけです。それによって業界ががらりと変わりました。彼はそのくらい力があったのです。

■スティーブ・ジョブズの経歴

先程申し上げましたが、彼は80年代半ばにアップルのCEOを解任されています。非常に面白いのは、彼は解任された後も、NeXTコンピュータというコンピュータの会社や、トイ・ストーリー(Toy Story)という世界で初めて全編CGの映画を作ったピクサーというCG映画制作会社を立ち上げ、大成功しました。結局、約10年後にNeXTコンピュータをアップルが買収し、ジョブズがアップルに顧問として復帰するということが起こりました。

以上のことから、今までなかったものを世の中にたくさんもたらしてくれたスティーブ・ジョブズは、やはり優れたイノベーターではないかと思います。特にコンピュータを身近なものにしたというのが大きな功績です。彼らがアップルを設立した時は金を持っていませんでした。その時にどうやってコンピュータを売ったかというと、当時非常に珍しい前金制で製造して売ったわけです。PCを初めて彼らが売り出す時には、顧客に対して前金を払ってもらい、その払ってもらったお金で材料を買って組み立て、それを顧客に売ったのです。そういう意味で彼は、資源が無いことを知恵でカバーして事業を成功に導くアントレプレナーでもあります。

■世界を変えようと思ったスティーブ・ジョブズ

そもそもジョブズがなぜ世界を変えるということに取り組むようになったのかということを考える上で、1つ特徴的な出来事が彼の若い頃にありました。彼は、仲良しでアップルの創業者でもあるスティーブ・ウォズニアック(Stephen Gary Wozniak)と2人で、少年時代にブルー・ボックスというものを作って遊んでいました。これはあまり知らない方が多いと思います。国際電話をかける時に、ピコピコピコと音がします。あの音を作ることができる小さな電子機器を彼らは自前で作ったのです。そうすると、国際電話の回線の中に勝手に入っていけます。これは違法なのですが、「当時は違法なことをやっていたのだ」と笑顔で後からジョブズは言っていました。しかし、少年2人はカリフォルニアの片田舎から世界を支配できるということを、そのような経験で実感していました。そういう出来事が少年の頃にあり、テクノロジーで世界を変えられということを非常に強く確信したというのがその後の彼の人生に大きな影響を与えたのです。

ペプシのCEOだったジョン・スカリー(John Sculley)を、アップルに招聘する時も有名な言葉があります。ジョブズは彼に対して、「このまま一生砂糖水を売り続けるつもりなのか、それとも世界を変えるチャンスを掴みたいのか(Do you want to sell sugar water for the rest of your life, or do you want to change the world?)」と言って、ジョン・スカリーをアップルに引っ張ってきたわけです。既に述べたように、彼はイノベーターでもありクリエーターでもありますが、人を巻き込む能力も高いといえます。そういう意味では、ミッショナリー、すなわち世界を変えるというミッションをどうやって他人に対して伝達し、巻き込んでいくかということを実践する人だったのです。

スタンフォード大学の近くのリサーチ・パーク内に、ゼロックスPARC(パロアルト研究所)がありました。これは当時世界最先端のハイテクの研究所と言われていましたが、アップルを創業して間もない頃、彼はここを訪問して、その後のマッキントッシュのコンセプトとイメージを掴んで帰って来ました。面白いことに、ゼロックスはそこでパソコンを試作していたにも関わらず、全く市場に受け入れられず、ゼロックスは直ぐにPC市場から撤退してしまいました。一方、PARCで素晴らしい研究成果を見たジョブズは、アップルでマッキントッシュを作って大成功しました。ゼロックスは一部の専門家向けの高度な製品を作っていましたが、アップルは万人が興味を持つ、それこそ世界を変える製品を作って成功したわけです。事業の立脚点やトップのこだわりというのがこの2社の成功と失敗の分かれ目であったと思います。

分野: 高田仁准教授 |スピーカー:

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