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QT PROモーニングビジネススクール > 過去の記事一覧 > 第1回「科学技術・イノベーション政策の対象」(科学技術・イノベーション政策/永田晃也)

第1回「科学技術・イノベーション政策の対象」(科学技術・イノベーション政策/永田晃也)

11/05/18

今日から何回かに亘って、「科学技術政策」あるいは「科学技術・イノベーション政策」
に関するトピックを取り上げてみます。科学技術政策は、私がビジネススクールで担当
している講義ではありませんが、長年に亘って関わってきた研究分野です。この番組で、
科学技術政策に関するトピックを取り上げてみたいと考えたことには、いくつかの動機が
あります。
 九州大学ビジネススクールの入学者の中には、企業に在職している方達ばかりでなく、
開設当時から毎年、政府や地方自治体で行政職に就いている方達もいます。そして、
そういう背景を持った在学生は、しばしば政策的な視点から科学技術やイノベーションに
関心を寄せています。そのような関心に応えてみたいということが、ひとつの動機です。
 もうひとつの動機は、去る3月11日に発生した東日本大震災に起因するものです。
今回の大震災がもたらした甚大な被害は、原子力発電、防災システム、情報基盤など
個別の技術分野について多くの政策課題を提起するものとなりました。私は敢えて
はじめから個別の技術課題に関する政策論議を行うことは致しません。遠回りに見える
かも知れませんが、まず我々の社会生活に重大な影響を及ぼす可能性がある技術の選択や
資源投入について、我々がより賢明な政策的意思決定を行えるようになるための基本的な
視点や考え方を共有することからはじめてみたいと思います。

 はじめに、科学技術政策(science and technology policy)の定義と、それが対象とする
範囲について明確にしておきましょう。おそらく一般的な定義としては、「科学技術を計画的・
組織的に振興するための国の行動方針および実践の体系」として捉えることが、これまで
自明視されてきたと思われます。
 しかし、この定義では、目的が科学技術そのものの振興に止まり、それを経済的・社会的
な機能に結びつけようとする政策志向が明示されません。そこで、近年の政策文書では
「科学技術イノベーション政策」(あるいは「科学技術・イノベーション政策」)という語が、
伝統的な科学技術政策の対象範囲も包摂する内容を持つものとして使われる傾向があります。
 ところが、科学技術政策の歴史を繙いてみると、もとより科学技術政策の対象範囲には、
イノベーション・プロセス全体に関わる政策が含まれていたことが分かります。
 既に19世紀には、産業の発展した諸国において、科学技術の成果を社会的に還元させる
ことを期して、国による直接、間接の支援が展開されていました。科学技術の制度化
(institutionalization)と呼ばれる現象です。
 第2次世界大戦後には、ビッグサイエンスの出現、国家的な威信の発揚、公害・環境問題
の発生などを背景に、科学技術政策の重要性が一層明確に意識されるようになりました。
ただ、科学技術政策という語が先進諸国で共通に使われ始めたのは、1963年にジュネーブで
開かれた国連の低開発地域のための会議(UNCAST)以来であるとされています。そのような
国際会議の場では、国際技術移転によって南北間格差を解消することなどが政策課題として
議論されていたのであって、やはり科学技術そのものの振興だけを問題にしていたわけでは
ないのです。
 私は、このような歴史的な背景を踏まえて、科学技術政策という語を使いたいと思います。
したがって、私が単に「科学技術政策」という場合でも、「科学技術・イノベーション政策」
などという場合でも、特に断りのない限り、科学技術の振興に止まらず、その成果を
経済的・社会的に還元させることを対象範囲に含んだ政策を意味するものとお考えください。

 では何故、科学技術やイノベーションには、政策的な介入が必要なのでしょうか。
 この問いに対するひとつの基本的な答えは、科学技術の本質が「知識」であるという
視点によって与えられます。新たな科学的・技術的知識を生産するためには、研究開発
などの経済活動が行われます。もし、市場メカニズムが有効に働き、この知識を生産する
ための経済活動に適切に資源が配分されるのであれば、政策的な介入は無用と言えるでしょう。
しかし、知識という財には、市場メカニズムによる資源配分を失敗させる特性があるのです。
この点は、ケネス・アローという経済学者が1962年に発表した論文で指摘しています。
 まず、知識を生産するための活動、すなわち研究開発には高度の不確実性が伴います。
新規性の高い知識ほど、それを生み出すための研究開発は高い不確実性が伴い、企業に
とってはリスキーな経済活動になります。そのため、十分な研究開発投資が行われない
可能性があります。
 また、以前この番組でも触れたことがありますが、知識は、簡単に模倣されることが
あるため、それを生産した経済主体が専有することが困難な性格、専有不可能性
(inappropriability)と呼ばれる特性があります。これは、生産者以外の第三者による消費を
排除することが困難であるという意味で、消費の排除不可能性(non-excludability)と呼ばれる
こともあります。このような市場取引を介さない外部経済を発生させる財は、一般に
公共財(public goods)と呼ばれます。
 もし知識がアローの指摘したように公共財的な性格を持つ財であるならば、その生産には
十分なインセンティブが働かず、社会的に望ましい水準よりも過小な投資が行われる
可能性があります。したがって、そのような知識の生産に対しては政府が投資を行うという
政策介入が正当化されることになるわけです。
 しかし、これとは逆の状況が知識の生産には生じることがあります。
次回は、その点についてお話します。

分野: 永田晃也教授 |スピーカー:

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