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QT PROモーニングビジネススクール > 過去の記事一覧 > 企業の境界とイノベーション(2) (イノベーション・マネジメント/永田 晃也)

企業の境界とイノベーション(2) (イノベーション・マネジメント/永田 晃也)

10/10/19

前回は企業が社内で行う業務の範囲、
すなわち企業の境界の決定要因を説明する2つの理論的立場、
資源ベース・アプローチと取引コスト・アプローチについて説明しました。

また、それらの理論的アプローチを、
オープン・イノベーションの成立条件に関する議論と関連づけてみました。

ただ、企業は常にそうした諸条件を熟慮した上で、
イノベーション・プロセスに関する企業の境界を決定しているわけではありません。
そうした諸条件とは無関係に、まずM&Aなどが実施されることによって、
企業の境界が変化してしまうということは、しばしば起こります。

今回は、M&Aがイノベーション・プロセス、
特に研究開発活動に及ぼす影響について考えてみたいと思います。


はじめに、ひとつの統計データをご紹介しておきたいと思います。
私が文部科学省科学技術政策研究所で実施を担当した、
平成21年度「民間企業の研究活動に関する調査」は、
資本金1億円以上で研究開発を実施している全ての日本企業約3,300社を対象とし、
43%の企業から回答を得ていますが、
この年の調査ではM&Aの実施状況についても把握しており、
回答企業のうち17%が、2006年から2008年までの年間に、
合併、買収のいずれか、または両方を実施していたことを明らかにしています。

この調査の中では、M&Aの実施理由について、
16項目の選択肢をあげて質問していますが、
集計結果によると主要な実施理由は、
「既存事業の補完」「市場シェアの拡大」「企業規模の拡大」などであって、
これらに比べると「技術力の向上」とか「研究開発力の向上」といった項目が、
M&Aの実施理由であった企業の割合は低くなっています。

つまり、M&A実施企業の多くは、
イノベーションに及ぼす影響を考慮せずにM&Aを実施しているわけです。


しかし、前に製薬企業間のM&Aについてお話した際に触れたように、
当事者企業がイノベーションに及ぼす影響を考慮していたか否かに関わらず、
M&Aの実施は結果的にイノベーションに影響を及ぼす可能性があります。
例えば、M&Aの主要な実施理由である「既存事業の補完」は、
イノベーションに必要となる補完的資産を充実させるかも知れません。
「市場シェアの拡大」は、潜在的なライバルを排除することによって、
イノベーションを実施した場合に得られる利益の専有可能性を高める効果を持つでしょう。
また、「企業規模の拡大」は、研究開発を、
効果的にイノベーションに結びつける技術機会を多様化させる可能性があります。

イノベーションに及ぼす影響を考慮せずにM&Aを実施するということは、
このような促進要因が発生する可能性を、
みすみす取り逃がすかも知れないということを意味しています。
あるいは、むしろイノベーションを停滞させたり、阻害したりする方向に作用するかも知れません。


いまご紹介した調査では、M&Aのタイプを、
垂直統合型、水平統合型、多角化型の3つに分けています。

垂直統合型というのは、例えば材料・部品等のサプライヤーと、
そのユーザー企業のように異業種の企業間で行われるM&A、
水平統合型というのは、製品・サービスの市場が同一か非常に近い同業種企業間のM&A、
多角化型というのは製品・サービスの市場が異なる同業種企業間のM&Aです。

M&Aの実施に伴って、研究開発に関する組織や、
人的資源をどのように統合するかは、理論的に考えれば、
これらのタイプごとに異なりそうなものです。
しかし、調査結果によれば、M&Aのタイプが何であれ、
当事者企業が研究開発部門に対して行った、
統合のためのマネジメントには大きな違いがみられなかったのです。
この点にも、イノベーションに及ぼす影響を考慮せずにM&Aが実施されていることが窺えます。


ただ、日本の産業の発展にとっては幸いなことに、
これまでのところM&Aの実施は、全体としてみれば、
研究開発費や研究開発人材を削減する方向には向かっていないようです。

この点について欧米では多くの実証研究が行われていますが、
特にアメリカでのM&Aを対象とした分析結果では、
しばしばM&Aが研究開発の停滞を伴うものであることが報告されています。
一方、我々の調査結果では、全体としてみれば研究開発費を増加させるケースが、
減少させるケースをやや上回っていたのです。

さらにこの点については、大阪工業大学の大西宏一郎氏が私との共著論文の中で、
日本の製薬企業間でのM&Aを対象とした計量分析を行っています。
製薬企業の大型合併が相次いで発表された2005年の前後についてみると、
製品分野が重複している企業同士の合併では研究開発費が増加していることが分かりました。

また、M&Aは当事者以外の企業のイノベーションにも多義的な影響を及ぼすと考えられます。
M&Aによって強力な市場支配力を持つ企業が出現すると、
それに対抗するために他の企業は新製品開発や技術開発を活発化させるかも知れません。
あるいは、それに伍していくことが最早困難とみれば、
自らは研究開発を行わなくなるか、その市場から撤退してしまう場合も起こり得ます。

やはり日本の製薬企業による大型合併が相次いで行われた年の前後を、
観測時点とした我々の分析結果によると、
それら合併企業と近い市場で競合している企業では、
研究開発費が増加していることが分かりました。

そもそも日本の多くの産業では、
これまで非常に強大な企業が存在してこなかったため、
M&Aによる競争制限的な効果が顕在化していないものと考えられます。
しかし、こうした状況がいつまで続くのか分かりません。

M&Aがイノベーションに及ぼす影響は、今後も注視を怠ることができない問題と考えています。

分野: 永田晃也教授 |スピーカー:

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