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QT PROモーニングビジネススクール > 過去の記事一覧 > 英国キリスト教(異文化コミュニケーション/鈴木 右文)

英国キリスト教(異文化コミュニケーション/鈴木 右文)

09/06/22

■キリスト教の聖地・エルサレム

今日は、イギリスのキリスト教というテーマでお話します。
ご存知の方も多いでしょうが、
イギリスにおけるキリスト教を考える時には、
ヨーロッパにおけるキリスト教の起こりから
復習した方がいいと思います。
イエス・キリストが何をしたという話からすると
時間が足りないので、キリスト教が起こった後、
エルサレムが聖地だったということだけ、
押さえておいてください。
イスラム教もユダヤ教も、エルサレムが聖地です。

その後、独自に独立して発展していく中で、
キリスト教側が拠点の教会を5つ持ちました。
その内の3つが、イスラム教側に奪われてしまう
という事件がありました。
3つの中に、エルサレムが含まれていたので、
キリスト教側としては、いつかはそこを取り返さなければならない
という気持ちがあり、それが十字軍の活動へつながりました。
3つを取られて、残った2つのうち、
1つがいわゆるローマ教会で、
もう1つは当時コンスタンティノープルと呼ばれた場所の、
正教会の2つが残りました。
当時は、残った2つの教会は別々のものではありませんでしたが、
後の世に、ある教義をめぐって、喧嘩して分かれてしまい、
今ではカトリック側と正教会側は、
別々の教会というふうに言われています。


■イギリスにおける布教の歴史

東ヨーロッパの国々は、国単位で、
○○正教会と名乗っているところが多いです。
西ヨーロッパの方は、ローマが一応総本山として存在し、
それぞれの国にウイングを伸ばしている形になっています。
その東西の図式を頭に入れていただいて、
イギリスの方はどうなっているかを考えていきたいと思います。
イギリスの方では、昔はキリスト教を信仰していませんでした。
イギリスには、最初原住民がいて、
その後ケルト民族が進攻してきて、
一番のイギリスの元を作ったのは、
その後入ってきたアングロサクソンの人たちです。
この人達は、もともとはキリスト教を信仰していませんでした。
しかし、ローマから布教活動が流行ってきて、
キリスト教を信仰するようになりました。
布教のルートは、南から来たルートと
イギリスの島の真中位から入ってきたルートがあり、
下の方から来た拠点がカンタベリーになり、
上の方から来た拠点がヨークになり、
今でもこの2つがイギリス国教会の2大聖堂になっています。
そして、大司教が、ここに1人ずついるという形になっています。
このように、イギリスにローマ・カトリックが入ってきて、
修道会が作られ、教会が作られ、
だんだん布教が広まっていきました。


■英国国教会がおこった理由

しかし、今のイギリスでキリスト教というと、
英国国教会になります。
英国国教会が、いつ、どうして起こったか
という話をしたいと思います。
先ほど話したアングロサクソンの人達の時代が終わり、
その後フランスに居を構えていたバイキングの人達が
イギリスに攻めて来て、ノルマン朝を作りました。
その後、プランタジネット朝、ランカスター朝、
ヨーク朝、テューダー朝と時代が流れました。
この○○朝という人たちは、基本的に血筋がつながっています。

そのテューダー朝の中で、非常に有名な王様に
ヘンリー8世という人がいました。
多分、絵を見たら皆さんご存知だと思いますが、
ヘンリー8世は、非常に恰幅のいいおじさんです。
ヘンリー8世が、自分に男の子ができないので、
今の奥さんと離婚して新しい奥さんもらい、
男の子が生まれるまで挑戦しようとしました。
しかし、それはとんでもないことだとして、
ローマ・カトリックは、君主の離婚を認めませんでした。
ヘンリー8世は、ローマにたてつきました。
しかし、その時のローマ法王は、
ローマの皇帝に軟禁されており、
ローマの皇帝は、ヘンリー8世の奥さんの親戚でしたので、
ローマ法王としては、ヘンリー8世に
離婚を許可することはできませんでした。
そのことに、ヘンリー8世は怒り、
ローマ・カトリックとは縁を切ると言ってしまいました。
ローマ・カトリックの方も、多分反論したと思いますが、
縁は切れてしまいました。

それで、イギリス国教会が作られて、
全国各地に、ローマ・カトリックの修道院が
打ち壊された遺跡があるのです。
それは、もう見事な打ち壊しようで、
このように大きなものをどうやって壊したのだろう
というような感じです。
残骸としてまだ存在し、世界遺産にもなっています。
一番有名な所が、ヨークの近くの
ファウンテンズ修道院(Fountains Abbey)で、
九大の敷地が2つ位入るという位大きなものです。
それが壊されて、最後まで壊しきれなかったものが、
未だに残っています。

そのように、物凄い決心をもち、
ローマ・カトリックを排除して英国国教会を作りました。
英国国教会は、教義的にはプロテスタントとも少し違い、
カトリックとも違い、色々混ぜこぜになっているところがあり、
基本的にどちらに近いかといわれても、
専門家によっても色々な意見があり、よくわかりません。


■イギリスにおけるキリスト教

イギリスには、宗教に対して敬虔な人が昔は多かったです。
日本で、「仏教徒です。」という時に比べれば、
今でもイギリス人の敬虔の度合いは強いと思いますが、
昔よりは廃れてきていました。
ところが、9.11のテロを境にして、
少し状況が変わり、都会を中心に、
日曜日のミサなどに人出が戻ってきているそうです。

イギリスには、キリスト教信者が
宗教全体の中で7割位いると言われています。
内訳では、英国国教会で3千万人位、
ローマ・カトリックで7、8百万、
もろもろという形になっています。
一番多いのは、英国国教会になります。
日本でも国教会は、聖公会といい、
どこかで聞いたことがあるのではないかと思います。

分野: 鈴木右文准教授 |スピーカー:

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