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QT PROモーニングビジネススクール > 過去の記事一覧 > 福岡でのTiE国際シンポジウムの話(ベンチャー起業/五十嵐 伸吾)

福岡でのTiE国際シンポジウムの話(ベンチャー起業/五十嵐 伸吾)

09/03/31

今回は、1月の国際シンポジウムにお話をします。
当日は、TiE(The Indus Entrepreneurs)を創設したカンワル・レキさん、
TiE東京支部理事長のサンジーヴ・スィンハさん、
日本の著名な起業家の一人フューチャー・アーキテクトの金丸恭文さんに
ご登壇いただきました。
実りの多いシンポジウムでしたが、
レキさんと金丸さんの内容を少しお伝えします。
<御参考>
TiE:http://www.tie.org/
TiE日本支部;http://www.tiejapan.org/
フューチャー・アーキテクト株式会社:http://www.future.co.jp/


■カンワル・レキ氏の立志伝

TiE(タイ)を創設したカンワル・レキさんは、
立志伝中の人物です。
今日、インド人起業家の祖と称される
彼の半生は挑戦と苦労に富んだものです。
レキさんは1970年代に、工学系で世界的に
有数なインド工科大学(IIT)を卒業しました。
レキさんによれば、理系で一番優秀な大学であったから、
反対に卒業後、満足できる就職先が
インド国内にはなかったそうです。
そこで、大学の先輩達に倣って、
アメリカ西海岸に職を求めることにしました。
アメリカに降り立った最初の日には、
手には5ドルしか持っていなかったそうです。
 
入国後、その5ドルで食事をしました。
手元のお金はそれでほとんどなくなりました。
そこで、そのレトランに「私を採用してくれないか?」と
頼んでみたそうです。レストランのオーナーは
快諾してくれてその場で職と食事を確保することができました。
インドでは資金の枯渇が即、死につながって
いたわけですが、この経験から、アメリカでは、
死ななくても済む。これなら、いろいろ挑戦をして、
失敗してお金がなくなったとしても、
仕事はあるのだから死にことはないし、
最低、食べてもいけるのだ。
これが、起業をする最後の支えになったと
レキさんはあとで明かしてくれました。


■Why not me?

こうして、アルバイトをしながら食い扶持と住居を確保。
それから、色々な人づてに相応しい職を探し続け、
結果的に、あるメーカーのエンジニアとして採用されました。
就職先にはインド人がいて、上司はイギリス人。
レキさんが見ていると、インド人技術者は
とても優秀なのですが、ずっと日の当たらない部屋で
一生懸命何時間も仕事をしている。
外部からお客さんが来て交渉するときは、
大抵、インド人以外の社員で彼らは生き生きと
自信を持って仕事をやっているように見えるのだけど、
技術や能力では全くインド人とは差がない。
それがおかしいと感じ始めました。
感じながらも何のアクションも起こさないまま
しばらく過ぎると、自分より全然仕事ができないと
評価していたイギリス人の上司がいきなり起業して、
社長になってしまいました。
しかもベンチャーキャピタルからの資金調達にも成功しました。
それを見て、レキさんは、
自分より仕事の出来ない上司が起業できて、
「Why not me?(何で私じゃないの?)」
つまり、私に出来ないわけがないじゃないか、
即座に起業を決心したそうです。


■NASDAQ初のインド人起業家

時代はインターネットの黎明期。
そこで、レキさんはネットワーク関連の
装置を作り始めました。
起業直後は、大変な苦労はしたそうですが、
結果的に上手くいきました。
最後にはマイクロソフトも彼の作った装置を
採用してくれました。
レキさんの会社は急成長を遂げ、米証券市場の
ナスダック(NASDAQ)に、IPO(株式公開)が
できるまでとなりました。

そこで、インベストメントバンク(日本の証券会社に近い)に、
「上場したい」と相談に行くと、インベストメントバンカーから、
「君の会社なら、IPOできるよ。
でも、前例として、社長がインド人の会社が
公開した例はないので誰か社長を連れてきたら?」
と言われたそうです。
「能力では差がないのに、
なぜ、私ではいけないのか(Why not me?)?」。
それならば、私がIPOを実現した最初のインド人に
なれば良いだけだ。そうすれば、私の後のインド人起業家は
二度とこのような不愉快な思いをしなくて済む。
こうした経緯を経て、レキさんはナスダックに
公開した初のインド人起業家となりました。
成功した起業家と言えば、ビル・ゲイツや
スティーブ・ジョブスの名前が挙がるが、
なぜあなたは「Why not me?」と考えないのですか?
これがレキさんから会場へのメッセージです。


■あなたは起業を考えたことがありますか?

経済同友会の副代表幹事も務める金丸さんは、
同友会の起業促進委員会の座長を務めたときに、
日本の企業実態を調査したそうです。
その一環として、日本のサラリーマンを
対象する質問票で「起業を考えたことがあるか」と尋ねると、
なんと95%位の回答が、何らかの形で起業を考えた
というものだったそうです。
結局、起業は考えたのだが、起業を実行に移していない人が
実に多いというのが日本の実態のようです。
レキさんも「要は、最初の一歩というのが一番大事なのだ。」
と発言していましたが、同様です。
「略歴等を調べると、日本の場合は、
(自分の周囲に)起業家がいる。
例えば両親のどちらかが個人事業者が起業家になる割合が多いが、
(金丸さんと仲が良い)楽天の三木谷のお父さんは
某有名大学の教授なのだ。
大学教授という起業家から一番遠いところにいる
三木谷でも優秀な経営者が生まれている。
だかた、環境なんて関係ないと僕は思う。
ようはやらないだけなんだ」。


■大企業も昔はベンチャーだった。

「よくベンチャーで上手くいかないのは
お金だと言うのだけど、実は、お金はついてくる。
一番悪いのはベンチャーが作ったものを
買わないことが一番悪い。特に大企業。
その意味では三菱グループは、
けしからん会社の代表選手だね。」
(シンポジウムには、三菱地所インキュベート・マネージャーも
参加しており、そちらに視線を送りながら)。
金丸さんによれば、三菱商事の副社長を前にしても、
同じ話をしているとのこと。
「三菱グループの創始者は、
ご存知の通り岩崎 弥太郎さんという一起業家だ。
弥太郎さんが、三菱という企業グループを育てたのだ。
弥太郎さんは、起業家精神を持った方だったのに、
後世の社員たちは、安全確実などと言って
ベンチャーのものを買わないなんて、創始者の精神に反する」。
大きく成長すればこそ失敗しても致命傷にはならない。
そうであるならば、現在の地位に安住するのではなく、
ベンチャーのものを買うという行為でリスクを
取ってあげ、ベンチャーを育てることこそ、
岩崎弥太郎のDNAの引きつぐものだろう。 
考えてみると、松下やトヨタも、今でこそ巨大企業ですが、
最初は、一人の起業家から始まった会社ですね。
三菱だ、トヨタだ、財閥だ、大企業だと言えども、
最初は同じベンチャーであったのだから、
少なくとも、新たな起業の目をつぶすようなことが
あってはいけないということが、
金丸さんのメッセージだったと思います。


■シンポジウムの最大の収穫

このように実りの多いシンポジウムでしたが、
最後に私が一番嬉しかったことをお伝えします。
参加された若手社会人や学生たちから意見を聞くと、
「今日は、色々な話を聞いたけれども、
結局、インド人も日本人も全然変わらない。
心の持ちよう一つで、十分に起業家にもなれるし、
新しいことが出来るのだ。」という印象を大半の方が
持ってくれたようです。

Why not me?

こう考える聴衆がこのシンポジウムで着実に増えたこと。
これが、シンポジウムで得た最大の収穫でした。

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分野: 五十嵐伸吾准教授 |スピーカー:

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