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QT PROモーニングビジネススクール > 過去の記事一覧 > サブプライム後のパラダイム転換②(経済学/久原正治)

サブプライム後のパラダイム転換②(経済学/久原正治)

08/12/09

サブプライム後の日本、九州は、
どうするべきかについてお話します。

オバマが出てきて、アメリカは大きく
パラダイムが転換したといわれています。
ただ、アメリカで変わらないものは、
非常に地方に分権化されて、
有力な企業は皆本社を地方に
持っていることなのです。
そして、そこから、イノベーションが起きています。
このような分権経済を、
日本も考えていく必要があると思います。
アメリカがパラダイム転換した時に、
その本質を日本も見て、日本が
これからどうやってアメリカに依存せず、
アメリカのいいところを取入れていくかを
考えていかねばなりません。


■日本の第一次グローバリゼーション

ペリーが来航してから、
ちょうど明治維新の時を
第一次グローバリゼーションと
私は捉えています。
この時には、九州が、
このグローバリゼーションの
日本の主体であったとも考えています。

例えば、福沢諭吉は、まず中津の
非常に封建的な下級武士の家で、
「何とか自分はもっと広い世界を
見なければいけない」と考え、
長崎まで歩いていき、
オランダ語をマスターしました。
長崎には当時、坂本竜馬、勝海舟、
寺島宗則など、日本中から優れた若者が、
世界を知るために、長崎に集まっていました。
長崎に入ってくる情報をもとに、
日本という国家が、幕藩体制のままでは、
海外の植民地になるのではないか、
統一国民国家を作る必要を
福沢諭吉は考えました。
そのような自立した考えが、
九州から出てきました。


■開国の窓・九州

江戸時代の鎖国は、完全なる鎖国ではなく、
九州を通じた開国体制でした。
長崎は、オランダだけではなく、
中国とも通じていて、それ以外にも、
薩摩から琉球を通じて海外へとつながり、
対馬が朝鮮を通じて海外とつながっていました。
松前というところでは、
ロシアとのつながりもありました。
つまり、当時は、日本の海外との
開国の窓は、大半は九州にありました。
そこから、佐賀藩や薩摩藩が、
日本で最初に大砲を作り、
蒸気機関を作るようになり、
非常に活気に満ちた九州でした。
その後、日本は、これまで60年の
周期を2回続けたと考えています。


■1885年~1945年の60年間

幕末が落ち着いた後、
1885年ごろから国が戦略として、
富国強兵を始めました。
福沢諭吉が、このままでは
日本は海外の植民地になると考え、
最初は兵を強くして、日本国は
自立しなければいけないと考えたからです。
最初の60年は、組織としては、
軍隊が経済を引っ張りました。
60年の中で、最初の30年は国力が
どんどん強くなり、1894年の日清戦争、
1905年の日露戦争、大体1915年が30年目で、
ここでピークを迎えるたわけです。
この時、GDPで、当時アメリカの
約8分の1になりました。
ここで、軍隊がおごり高ぶり始め、
ここから間違って、後の30年間は、
泥沼のように国力を落としていきました。


■戦後の60年間

1945年から始まる次の60年の
経済を引っ張ったのは、大企業でした。
最初は、ソニーも松下(現:パナソニック)も、
中小企業からはじまりましたが、
あっという間に大企業になりました。
この60年は、1975年までの最初の30年間は、
今の中国のように、毎年経済成長率が
増えていきました。
ところが、75年頃のオイルショックを契機として、
これが下り坂に転じました。
経済成長率がだんだん減り、
2005、6年頃が、最後の失われた15年の後の
日本がボトムアウトになりました。
経済成長がピークの時には、
日本のGDPというのは、
アメリカの2分の1位になりました。
ところが、ボトムでは、3分の1位に減りました。
大企業が、75年頃におごり高ぶるところから、
この国が悪くなったという感じが、この2番目の
60年周期で見られるのではと思います。


■アメリカの強み

2005年から、少しずつ景気も
戻ってきつつありましたが、
今回のアメリカのサブプライムローン問題に
端を発して、不況が世界中に広がり、
日本にも大きな影響がきています。
この時期に生じたオバマのアメリカの
パラダイムの転換が、日本の今後に
大きく関係していくと考えています。
先ほど言ったように、明治維新には、
九州が日本のグローバリゼーションの
中心だったのですが、戦後の経済成長を通じて、
日本はすべてのものを東京に集中させていきました。
そして、九州本社の企業はどんどん減っていきました。
その中で、今回の転換期を迎えているわけです。
アメリカの強みは、分権化されて、
地方に大企業の本社があり、
そこからイノベーションが生じていることにあります。
その本質を見つめなおす必要があります。


■アジアとの関係

2008年からの新しい時代において、
九州は、アジアとの関係が
非常に重要になってきます。
なぜならば、これからの経済成長は、
インドと中国とASEANの成長率が
はるかに日本より当然高く、
あと10年位経つと、GDPでこの3ヵ国
合計すれば、日本の2倍になるからです。
九州は、日本の中で、1割分の経済圏ですが、
九州の企業のアジアへの進出は、
まだ日本企業のアジア進出の
3%位しかありません。
九州は、単にアジアに近い
ということだけではなく、
そこに自立した人間がたくさん出てきて、
福沢諭吉のような形で、
ここを中心にして、アジアと直接
つながっていく必要があると思います。
九州に、優良な企業が出てきて、
九州が優秀な人材を引き付ける
ところにならなくてはいけません。
このようなパラダイムの転換を、
オバマのアメリカのパラダイム転換を通して、
日本、九州は考えていく必要があります。


■九州の成長のためには

戦後の九州は、どちらかと言えば、
東京一極集中の中で、
単なる支店経済から始まり、
最近では東京の労働力拠点に
なりつつありました。
今回のサブプライム危機で、
現在のような労働力拠点では、
九州の安定した成長が
難しいことがはっきりしました。

ここ九州から、頭を使い、
アジアをつなげるような企業が
グローバルに出ていくようなものに
していかなければなりません。
単に安い労働力、まじめな労働力目当てに
九州に製造業を誘致する現状では、
グローバルな経済の中での
九州の発展は全く考えられず、
衰退だけが考えられます。
このような製造拠点だけでは、
九州はベトナムやインドネシアと
同列になってしまうのです。
今回のオバマ大統領の当選による
パラダイム転換は、九州においても、
大きなパラダイム転換を考える
非常に大きなチャンスだと私は思っています。

分野: 久原正治教授 |スピーカー:

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