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広告会社のはじまり

08/10/21

■日本の広告会社
今回は、広告会社のはじまりをお話します。
広告会社は百数十年前から存在し、
日本でも「博報堂」はすでに
百年以上の歴史を持っています。
日本で最古の広告会社というのは、
「廣告社」で、アメリカでは19世紀末に誕生した
Ayer(エイヤー)が広告会社の初めだと言われています。

広告会社がどんなふうに誕生したのかというと、
日本とアメリカでは随分違います。
まず、日本の広告会社の広告会社の多くは、
「電通」も「博報堂」、「アサツーディー・ケイ」も含め、
メディアを扱っていたメディア・ブローカー業務
から生まれています。
特に面白いのは、「電通」なのでお話しますと、
日本電報通信社を縮めたのが、「電通」です。
成り立ちはニューズ・エージェンシーといいますか、
ロイターのような通信社でした。
昔は記事も電報で通信していたのです。
そして、日本電報通信社はニュース記事を
新聞社に配信販売する会社でした。
当時の新聞社は大体資本的に
弱小であることが多かったようで、
一種の物々交換ですが、
新聞社は配信されたニュースを買うにあたって、
現金で払わず、紙面を提供しました。
紙面を提供されても、日本電報通信社は困ってしまうので、
紙面を埋める広告主を探すということになり、
広告主を探すセクションができました。
そして、広告制作もやるようになったというのが、
日本電報通信社の中の広告部門の始まりです。
これが分離独立して電通になりました。
ほぼ同様な経緯で、「博報堂」も「ADK」も誕生しています。
日本の今の大きな広告会社は概ね
メディア・ブローカー業務から発生した
ということが言うことができるでしょう。

■アメリカの広告会社
一方、アメリカの広告会社は、
メディア・ブローカーから発生しているものもありますが、
名が残っている、あるいは今も存在している
広告会社のほとんどは、ある民間企業の
宣伝部門が独立した、あるいはクリエーティブ制作会社
として立ち上がったというケースが多いのです。
この点は日本と比べると随分違います。

アメリカの場合、現在一番大きな会社は
J・ウォールター・トンプソンという会社ですが、
創始者の名前が会社名になっています。
それから「サーチ・アンド・サーチ」も有名ですけれども、
サーチ兄弟が作ったからです。
「オグルビー・メイザー」というのもオグルビー・メイザー
という人が創始者ですし、「ヤング・アンド・ルビカム」というのも、
ヤングさんとルビカムさんが立ち上げた広告会社です。
会社名ひとつとっても日本の電通や博報堂という
会社名とは趣きが異なっていて、
アメリカと日本の広告会社の誕生の違いがうかがえます。
欧米の広告会社には、BBDOだとか、TBWAのような
薬品の名前みたいな広告会社名がとても多いのですが、
これは複数の創設者の名前の頭文字を取ったからです。
それはまた、パートナーシップとして
会社が誕生したことを示唆します。

欧米では広告会社は1カテゴリーで1社だけ扱い、
競合は扱わないという基本原則があります。
例えば車であれば、ある特定のメーカーだけしか
取り扱いません。一方、日本の総合会社というのは、
1カテゴリーで複数社扱うケースが多いのです。
それがなぜ起きたかというのは、説明すれば簡単です。
例えば、アメリカのように、
企業の宣伝部門が独立した広告会社の場合、
その企業の広告を行い、競合企業の広告は
やらないのは当然のことです。
もしそれが、石鹸会社の広告部門が独立したのであれば、
他の石鹸会社の広告はやらない、ということになりますから、
1カテゴリー・1社、になってくるし、
これがパートナーシップの場合で、3人が寄り合ったら、
3人がそれぞれクライアントを持ってくることに
なるので、それらのクライントの競合はやらないことにしよう、
ということになります。
これが1カテゴリー・1社、という
欧米の広告会社の基本原則につながっていきます。

分野: 出頭則行教授 |スピーカー:

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