QT PRO モーニングビジネススクール

QT PRO
モーニングビジネススクールWeb版

FM FUKUOKAで放送中「QT PRO モーニングビジネススクール」オンエア内容をWeb版でご覧いただけます。
ポッドキャスティングやブログで毎日のオンエア内容をチェック!

PODCASTING RSSで登録 PODCASTING iTunesで登録 電子書籍で記事を読もう! EPUB

過去の記事詳細

QT PROモーニングビジネススクール > 過去の記事一覧 > 自動車産業における環境規制とイノベーション②(中国ビジネスとイノベーション/朱穎)

自動車産業における環境規制とイノベーション②(中国ビジネスとイノベーション/朱穎)

08/09/15

今日は、自動車産業の環境規制とイノベーション、
特に排ガスについて、歴史的な観点から話しをしていきます。


■70年代の排ガス規制が与えた影響

自動車の排ガス規制は、大雑把に言って
2つの段階に分けることができます。
まずは、70年代の排ガス規制の話をします。
実はこの70年代の排ガス規制は、
環境政策の成功事例としてよく挙げられています。
特徴としては、当時の具体的な技術的可能性に
基づかない規制によって、新規性の高い技術開発を
強制的に促進した、技術強制型規制だと言われています。

この70年代の排ガス規制という
歴史的な1つの出来事を紹介します。
当時、日本には、排ガスに関する技術的可能性が
全くなかったのですが、そのことを一切配慮しないで、
日本政府はアメリカで作られた排ガス規制を
丸ごと日本に導入しました。
実は、自動車メーカーや当時の政策決定者には、
技術的にどのような技術が必要だったのか、
そして選択として一体どのようなものがあり得るのかについて、
事前に情報は全くありませんでした。

当時、車は先進国のアメリカの技術を導入するだけで、
自ら考えるということはできていませんでした。
理由としては、その当時の排ガスの規制値が、
極めて厳しいものだったからです。
排ガスの規制値は、もともとの規制より90%位減らす
という極めて厳しい数値でした。
90%減少させるというのは、内燃機関のエンジンを
使えなくしてしまう可能性が十分あるような厳しい課題でした。

70年代は、環境のことを頭に置かずに
どんどんものを作っていくという時代でした。
最初は、大量生産と大量消費の時代で、
燃費などに配慮することもなく、
排気問題も全く配慮していませんでした。
しかし、環境問題、公害問題、更に消費者運動
という1つの流れの中で、民間企業だけでは
なかなか解決できない問題であることが明らかになりました。
その流れで、政府が出てくるしかなくなり、
政府は非常に厳しい規制を作ったのです。


■90年代の排ガスに対する考え方

90年代に入ってから、強制型規制と
全く異なるという流れが出てきました。
規制があってから、
それに対して受け身的に対応するのではなく、
むしろ民間企業が自主的な取り組みによって、
規制を先取りにするような形の活動が、
非常によく見られるようになりました。
これが90年代以降の流れです。

日本の自動車メーカーは、
70年代の排ガス規制をクリアするプロセスの中で
非常に競争力を身に付けたという1つの過去における
経営資源経営試験の蓄積がありました。
それによって、90年代では、例えばプリウスや
最近の燃料電池、電気自動車の開発の流れの中で、
日本メーカーは世界的に先駆けていると思います。


■総合的なアプローチの必要性

70年代の技術開発では、
非常に複雑な技術システムを要求されるようになりました。
自動車メーカーだけでは問題解決ができないので、
サプライヤーとネットワーク関係を構築して
解決していく流れが必要となりました。
そして、90年代のプリウスに代表されるような
非常に新規性の高い技術開発になりますと、当然従来の
知識の領域では解決できないものがどんどん出てきました。
例えばバッテリーなど、周辺領域になるような技術を
どんどん取り入れて、開発する必要がでてきたわけです。
このように、自動車産業では、総合的なアプローチが
より要求されるようになったのではないかなと思います。

日本の自動車産業は、70年代、80年代を経て、
そして90年代と、大きな変化を遂げてきました。

分野: 朱穎准教授 |スピーカー:

トップページに戻る

  • RADIKO.JP
  • ビビックスマホ